最後の鳥居、道鳥居の先。

神馬神牛像。

そういや、馬は比較的良く見かけるけど、牛いると、菅原道真関係かな?っなっちゃう。

そういうわけでもないのよね、本来は。

お盆に用意する(といっても我が家でやった事はない)キュウリとナスもあれ、馬と牛だった。

両方とも、乗せて運んでくれる大事な存在って事。

拝殿!

神楽殿程じゃないけど、十分大きな注連縄。

 

 

八足門。

この先に本殿があるけれど、お正月や祈祷を受けた人のみ内側へ入れるのだそう。

檜皮葺(ひわだぶき)の八脚門で、江戸時代中期、寛文7年(1667年)の建築で、国の重要文化財。

出雲信仰が全国に広がる契機となった延享度の造営に際して、解体移築してここにあるそうな。

うむ、時代を感じる👀

 

お参りして、降りて近くのものを写真撮ったりなんたりして、振り返るとえらく人が増えていた。

あー、すいてる時に行けて良かった☀️
ちなみに、御本殿は国宝だそうだよ。
延享元年(1744)に御造営。
八足門の方が古いけど、本殿の方が価値は高いって事かな。
 

あっちも大変な並びよう。

でもあれ…

こっちも同じなはずだよね?

なのに、こちらはそこまで人がいない。

こうやってちょっと物陰になってるものだから見えなくて、並ぶまでならないんだろうか。

…列があると並びたくなる人の心理。

私は逆だけど💨

十九社(じゅうくしゃ)

御祭神 八百萬神(やおよろずのかみ)

今は、各地から来た神様達のお宿。

私と同じ、一時的な滞在。

本殿周辺をぐるっと、時計回りに回る。

氏社(うじのやしろ)
御祭神は右から、
天穂日命(あめのほひのみこと)
宮向宿禰命(みやむきのすくねのみこと)
 
天穂日命はアマテラスの第二子。
アマテラスに大国主を説得するようにって事で行ったんだけど、そのまま居着いて大国主に仕えるようになったという。
これが、出雲國造家の祖先だそうで、なるほど出雲大社の宮司はそれだけの血筋の人って事なんだなあ!と。
 
宮向宿禰命は天穂日命の十七代の裔。
ここはどなたが祀られているのかなと思ったら、宝庫だってさ。
 
 
 
ここで、内側を見る。
筑紫社(つくしのやしろ)
神魂御子神社(かみむすびのかみのやしろ)
ん、筑紫?って思ったら❗️
やっぱり!福岡に縁のあるお方が😆
御祭神 多紀理比売命(たぎりひめのみこと)
宗像三女神が長女。
大黒主の妻の1人でもある。
 
 
 
そして、筑紫社のすぐ先。
↑この図、分かるかな?
『佐太神社と龍蛇神、スサノオについて』神在祭(神迎え神事11月20日20時〜。神等去出神事11月25日20時〜)の為の拝殿の設置工事中。なので、正面からは見れなかった社殿達。後で、というか今日知っ…リンクhama-sush-jp.pro佐太神社の時に書いたのだけど、

御神座はこういう向き祀られている。

だから、拝殿側じゃなくてこっちから見たら御神座と正面向きになるよ、ってさ。

 

 

 

 
 
 
彰古館
本殿や宝庫に収蔵されていた宝物・歴史的遺品を公開する為の施設として、大正3年に建てられたものだそうな。
人がいた為、見て、一度通り過ぎ、人がいなくなったのを見計らってパチリ📸
 
 
 
本殿の裏手。
特になんてない、木と苔の感じとか良き。
命って感じ🌱
 
 
 
真後ろに来ました。
 
更に奥には
素鵞社(そがのやしろ)
御祭神 素戔嗚尊(すさのおのみこと)
神聖な感じがするからお参りしたさあるけれど、人が多くて落ち着かない。
この、ちょっと離れた位置から拝んでいる人がいて、あ、それ良いねと思ったので、私も真似して、少し離れた位置から、心落ち着けて拝んでみた。
お賽銭はあの、佐太神社とかで入れたんでそっち受け取って下さいませ💨なんてね。
 
 
 
 
こちらは文庫
図書館ですね📚
 
 
 
内側。
本殿に近い方が
御向社(みむかいのやしろ)
大神大后神社(おおかみおおきさきのかみのやしろ)
御祭神 須勢理理毘売命(すせりひめのみこと)
スサノオの娘であり、大国主の妻。
本殿から遠い方が
天前社(あまさきのやしろ)
神魂伊能知比売神社(かみむすびいのちひめのかみのやしろ)
 
御祭神
蚶貝比売命(きさがいひめのみこと)
蛤貝比売命(うむがいひめのみこと)
大国主が重傷をおった際に看護した、看護の神。
 
(近い・遠い書いたけど、写真は何を撮ってるのかイマイチ分かってない😅)
 
 
 
 
釜社(かまのやしろ)
御祭神 宇迦之魂神(うかのみたまのかみ)
食物を司る神で、稲荷神社の御祭神。
なのは知ってたけど、スサノオの子なのね?(※諸説あり)
 
お参りしたのと逆サイドの十九社。
こちらまだ並んでおりました。
 
 
 
宝物殿。
神祜殿
今は彰古館ではなく主にこちらに宝物・歴史的遺物が展示されている様子。
毛利輝元が建てた銅鳥居を、松平斎貴(松江藩主)が大砲にしたものだそう。
…これはあれか?
銅鳥居が悪くなったから建て替えたんじゃなくて、大砲作る為の材料にしたくて取り壊したのか?
 
って思ったりもしたけど、
 

天正8年(1580年)に毛利輝元によって寄進されたものを

寛文6年(1666年)に損傷部分が多かった為、輝元の孫の毛利綱広が造り直し

弘化2年(1845年)に輝元の銅鳥居を松平斎貴が大砲に鋳造した

 

という時系列だった。

 

ん、じゃあそれまではこの銅鳥居どこにあったの?

やっぱり鳥居として使われていたのでは?

分からぬ。

 

一通り見た後で、そういえば神在祭中らしいものは?って探した。
龍蛇神を拝む場所は仮設テント感満載なのがちょっと寂しいが、お参りした。
 
「神在祭・龍蛇神の神札は御守所にてお頒かちしております」とあるので探す。
でもさ、私、神札をこの時点で求めてなくて、実物見てもピンと来なかったので、御朱印と、神在祭御守貰った。
神在祭巡拝の冊子あってスタンプ押せるようになってたから押した。
そうだなぁ。来年とかまとめて休み取って色々巡るのもありかも。
 
 
 
普段全く関わらないからすっかり忘れていたのだけれど、父の祖父とかそれより前の代が島根。
随分前に一度だけ法事で島根に来た事がある。
以前出雲大社に来たのは親親戚全く関係なく来たし、今回だってそうだけど、知らない内に、血筋的に近しい場所に強く惹かれているのは何だか面白い。
 
 
もっというと、母方のひいお爺ちゃんひいお婆ちゃん(母の祖父・祖母)は熊本。
そういう親戚関係全く関係なく熊本(の武将隊)に興味持ったわけだけど、流れる血筋がそうさせたなら面白い。
私の祖父祖母は父方も母方も福岡なんだけどねー。
その前の代が島根と熊本という事で。
 
 
 
でも今は熊本ではなく、高千穂辺りからの神話ルート辿りたさはあるんだよなぁ。
 
話がどんどんズレて来てしまっているけれど、ともかく、これからももっともっと日本神話、日本の成り立ちやらなんやら辿っていきたい‼️
 
まだあともうちょっとだけ、出雲大社編続く。
 
 
 

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