(立岩)熊野神社の向かって右手。

「立岩遺跡散策道」

「立岩神社参道入口 立岩別府跡」
いざ。
地図で見ると結構距離ある。
(違う日に撮った写真の為、若干状況が違います。ポスター有・無。)
「宮」の字たくさん👀
絵馬の横を通って進む。

…え、どこに向かえば?

左の道には人がいたし、上なら違っていても周りが見渡せると思い、上へ向かう。

 

正解🙆‍♀️

ここが立岩2号墳。

 

上には祠。

お狐様がいるけれど、屋根には大黒様が持つような小槌の絵、中には「辨天大神」の字。

あ、奥の大きい石には「正一位稲(荷大明神)」って書いてありそうな。

前のもの全部動かして見てみたいけど、恐れ多いからしない。

ただ、1体転げていたから起こした。

…大黒様が多いから、辨天大神ってのは間違いでは?謎な集合体だなぁ。

 

屋根もその下の部分と色が違うし、元々は稲荷神社だったのを、別の所にあったかなんかした大黒様だか弁天様だかを一緒に祀ったとかなのかな。

先へ進む。

立岩1号墳については看板もないし、何も分からなかった。

 
え、道は?
あ、あああ、道らしき地面が…。
草をかき分けかき分け進むと、草むらは抜けた!
草露にすごい濡れた💦
着物じゃなくて良かったけど、スカンツじゃなくてジーンズで来れば良かったな👖
竹林を進むと
人が整備している事が分かる場所に出た。
良かった道はこっちであってる。
…って、右側にも行けそうになっててちょっと迷う💦
いや、きっとこっちで良いはず。
ああっ!あれは。
やった!ここだ‼︎

立岩神社

福岡県飯塚市立岩1693

鳥居をくぐる。
良い木です。
この場所を堪能したかったのだけど、蚊がすごく沢山いたので最低限で済ませた💦
 
こういう草木が多い所は今までもたくさんあったんだけどね、ここでだけ沢山の蚊に襲われる不思議。季節的なタイミング?
この場所との相性?
並んだ祠達。
よく見えないけど、弁天様かな?
大黒様。
梅の紋があるけれど
恵比寿様だね。
大きな石。
熊崎祠の側には下記のように書いてあった。
 
神武天皇が九州から大和に攻め上がられた時に、 立岩村の地で激しい嵐にあい進めなくなりました。 
そこで祖先の神々に祈願なさると、天から巨石が 雷光とともに落ちて大地に突き立ち雨が止みました。
 『我は手力雄命、大岩を投げ悪鬼を退治し筑の 守護神となる』と言った、という伝説があります。 
それが【立岩】 の地名となり、その神霊の宿る岩を篤くお祭りしたのが立岩神社の由来です。
 
だからつまり、ここは手力雄命(タヂカラオノカミ)を祀る場所だったという事。
私が熊野神社で見たよりももっと前に神社にあったらしき物には、下記のように書いてあった。(他人の過去記事の写真より。)
 
御祭神 伊弉諾神 伊弉册神
 
筑前續風土記ニ曰ク 其昔 立岩、柏森 二村の産神なりし
昔は伊弉諾神 伊弉册神 手力男神 大己貴神 少彦名神 以上 立岩権現 五神三座を祀る
 
社記ニ曰ク
神武天皇御東征の砌り雷雨俄に起り山嶽鳴動天地咫尺を辨ぜず
時に巨岩疾風の如く飛来して此の山頂に落下す其状恰も屏風を立てたるが如し
雷光赫々の中岩上に神現れて曰く
我ワ天之岩戸神名を手力男神と言う
此の処に自ら住める悪鬼あり其状熊に似て熊に非ず蜘蛛に似て左に非ず手足八ツありて神通力自在空中を飛行して其妙術は風を起し雨を降らす彼今怪力を恃みて恣に天皇を惑はさんとす最も憎む可きなり
我巨岩を擲て其賊を誅す自今吾が和魂は此の岩上に留って筑紫の守護神たらん又荒魂は天皇の御前に立ちて玉體を守護すべきなりと
爰天皇駒主命として厚く祭らせ給う
 
三十六代清和天皇の御宇 大己貴神 少彦名神を別殿に斎き奉りて遷宮大明神と号す
三十七代斉明天皇の御代諾册二神を今の熊崎に移し奉る熊崎祠後熊野宮と言う
 
宇佐神宮大宮司到津公髙立岩別符入以来祭政を司る
敬白
昭和五十年十月吉日
宮司 時枝 満定
 
つまり、最初は手力雄命を祀ってたんだけど、
清和天皇の時に大己貴神(大国主)と少彦名神、
斉明天皇の時にイザナギ・イザナミを足して5神を立岩権現として祀っていたって事。
 
この立岩権現ってのが神仏習合だなあ!ってなるんだけどそれはともかく。
 
どう読んでもメインの神様は手力雄命なのに、祭神として書かれるのはイザナギ・イザナミなのはおかしい‼️
あと、熊崎だったのが熊野になってるのはこれ、神仏習合の熊野信仰がここにやってきて、改宗させられたみたいな状況に陥ったって事なんだろな。
仏教で例をあげるなら真言宗→浄土宗、キリスト教ならカトリック→プロテスタントみたいな?
存在感のある不動明王。
この祠は手力雄命なんだろうか。
それとも、手力雄命=不動明王のつもりで祀られていて、この祠は違うものが祀られているんだろうか。
たくさんの仏像。
仏像…か?
がっつり「如来」とか「観音」とか「地蔵」とかって感じがあんまりしないから、仏像的な何か。
と、立岩神社、こんな風にかなりごちゃ混ぜ感があるわけど。
 
本当は、手力雄命なんかでもなく、もしかしたら神武天皇がいた時代よりももっともっと前からこの石は、古代の人達に神様(が宿るもの)だとして祀られていたんじゃないかって思う。
きっときっとそう。
天の岩戸のエピソード(アマテラスが引きこもってた岩戸を最終的に腕力でこじ開けたのが手力雄命)とかも全く関係ない。
古代の人達はただ、とにかくこの石に、力を感じたんだ❗️
石にはきっと地球の核の方のエネルギーがあって、エネルギーねイメージ的には熱とか電気。
うん、電気かな。
小さい石や私達にもそのエネルギーはあるんだけど、地上にいると放出されてなくなりがち。
でも大きい石はたくさん蓄えておけるし、なんならずっと充電してる状態でどんなに放出し続けてもなくならない、みたいな。
 
 
木も御神体になりがちだけど、木は地と、太陽のエネルギーも受けてるからまた違った種類のエネルギーだったりするんだろうな。
その1つが「酸素」なんだろう。
光合成のことね。
って色々書いたけど。
実際に立岩神社にいたのは3、4分のみ‼️
あまりにも短い‼️‼️
 
良い場所だと思うし家から比較的近い場所だから、今後積極的に行きたいようにも思うんだけど、きっと今は、とどまるべき場所じゃないんだろうって事にしておく💨
今私すごく元気だし、エネルギー受け取ったところで持て余すだけだしねー(?)
 
…というか、必要な種類のエネルギーじゃないのかもしれない。
そんな気もする。そっちの方が近いかも。
後で書く予定の撃鼓神社が、私的にはものすごく良い場所だった。
伏見稲荷と大分八幡宮と撃鼓神社が、私と相性が良い感じがする。暫定的所感。
 
 
 
本当はこの日、堀田遺跡から立岩神社に行こうとしたんだけど辿り着けなくて、仕切り直して熊野神社から行った😅💦
 
 
 
次回は、堀田遺跡その他編❗️
 
ダイジェスト。