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脳貧血で倒れて気づいた大きなことが3つありました。

1つめは安心感がほとんどなく、不安で生きてきたことでした。





そして2つめは、

ものすごい恐怖があった ことでした。



小学4年生のとき引っ越しをしたのですが、

そのころから、

両親の喧嘩がはじまりました。



喧嘩といっても、

母が怒鳴り、泣きわめくのに対し

父はまったく相手にせず黙りこくる

というものでした。



たいてい週末になると喧嘩になり、

いつもビクビクして

様子をうかがっていましたが、



そのうち、家族だからと言われ

わたしと妹もその場に呼ばれるようになりました。



何を言ってもどうにもならない父に対し

自分を殺してくれと言って

母が何度か刃物を持ち出したことがありました。



その場は何とか収まったものの、

父は相変わらず黙ったままで、


母は後からわたしに

あれは見せしめをしたのだと言いました。




事件になってしまうかもしれない、という恐怖

家の中でこんなことが起きている、という恐怖に襲われ


頭が真っ白になり、

どうしていいかわかりませんでした。




とにかく

このとき、ものすごい恐怖が植えつけられたんだな、

ということに気づきました。




そしてまた、

こんな状況でも黙っている父親のことを

本当に父親なのか?と思う恐怖。



見せしめにした、という母の言葉を

どう捉えたらいいのか、

母親はどんな人なのか?と思う恐怖。




大好きで大切にしたいはずの両親が

全然違う人に見える、知らない人に見える、

そして、そんなふうに思ってしまう自分、

複雑な想いが心の底に眠っていたことに気づきました。





時間が経つにつれ記憶もおぼろげになり、

負の記憶として無意識に封印してしまい、


あの頃はつらかったなあ…という程度に

とどめていましたが、

あらゆる恐れの感情がよみがえってきました。



なぜ、このことが今思い出されてきたのか

わかりません。



倒れたことによって怖いという気持ちが起きて、

連鎖的に引っぱり出されたのでしょうか…?





そしてまた、喧嘩が起きるたびに

自分を責めていたことにも気づきました。



子は鎹(かすがい)というけれど、

この状況を何とかできない自分は何なのか?


って、これも母に

両親が喧嘩していたら子どもが取り持つものだ、

と言われたことから生じたのだと思いますが、



たしかにテレビドラマでも

子どもが

お父さんお母さん喧嘩しないで!って

割って入っているよなあ……と思い



自分は子どもとしてダメなのだと思いました。

自分は冷たい人間だとさげすみました。



もちろん、

何とかしなくちゃと思う気持ちはありましたが、


当時は、どうしていいのかわかりませんでした。

身体も心も固まってしまって動きませんでした。




それでも、

母親の真似だけはできると思い

同じように父親に訴えてみましたが、


何も返っては来ず、

むしろ無視されて傷つくだけでした。





大人になるにつれ、

また別の責めも加わりました。


両親の育った環境や生い立ちを知るようになり、

仕方ないんだという気持ちが出てきたのです。



母は、あんな父とやっていくのは大変だろう、

かわいそうだ、仕方ない。


父も、母にあんなふうに騒がれては大変だろう、

かわいそうだ、仕方ない。



両親を悪く思いたくない、

悪く思うのはいけないことだ、

という気持ちがねじれたのかなと思います。



それに対して自分には、

両親の仲を取り持てないダメな奴だ!

子どもとして、何やってるんだ!

となっていました。



少しも

大変だ かわいそう 仕方ない と

なることはありませんでした。。。



ほーーーーんとに、

自分に対して冷たかったなーーーーと思います。




今回の脳貧血で倒れる事件は、


これ以上自分を責めないで!

自分のことをよく見なおして!



身体が起こしたことだったのかな。。。と思います。



これで深いところをさらうのは終わりか……と思いきや、

気づきは、まだ続きました。。


親との関係などいろいろ、
人には言えなかった・言いたくなかったこと、
お話してラクになってくださいね (^ ^)


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「聴き屋サロン mamekko」