衝撃だぜ・・・・

 

え、それも手放すの?

ってものがまだあった。。

 

まじかよ。

 

 

本当に”自分だけ”に

ならないといけないようで

 

というか

 

その覚悟と選択が出来ないと

自分の進みたい世界には

いけない仕様。

 

 

箱庭を手放す選択も

相当な覚悟だったのだけど

 

容赦ない選択がまた。ゲローゲロー

 

 

でもさ、それでもさ

やっぱり僕は見てみたいよ

その先を。

 

 

不安に駆られた依存も

心配を加味した利害関係も

 

自分の安心や安定を

守りたいだけのものなら

それは僕が望むものではない

 

気づいてしまったら

見て見ぬ振りはもう出来ない。

 

 

 

例えば もし

気づかない振りをして

生きて行ったとして

そこで何を感じるんだろう

 

常に何かモヤモヤして

これでもない あれでもない

"本当の私はどこにいるの?"

と自分を探し続ける

 

本当の自分なんて

どこにもいない

 

青い鳥と同じ

 

どの瞬間も

本当の自分なんだ

 

あてのない自分探しは

永遠に終わらない。

 

 

定めるんだ自分を。

 

 

選択は消去法ではなく

自分の望みを一番持ってきて

声高らかに言ってもいい。

 

僕も自分が進みたい世界を

描いてもいい。

 

こうありたい

こうしたいって思っていい。

 

 

 

 

そして”心の痛み”の話をした。

 

 

 

これは僕の体感だけれど

とてもわかりやすく

腑に落ちたので書いておく。

 

 

覚悟を持って決断した時

そこには必ず「心の痛み」

がある。

 

そして思っているよりも

静かにその決断は行われる。

ただ、心の痛みは痛烈だ。

 

 

子供のような拗ね

思い通りにいかない不機嫌

理解してもらえない寂しさ

そういうものからくる決定や選択は

感情的で痛みを伴わない。

 

 

心の痛みをもって

決断してきたことは、

望むとも望まなくとも

その先に道が出来ていく。

 

 

この”痛み”は

とても重要なサインだ。

 

自分を振り返ってみても

よくわかる

 

羨ましいな いいな

じゃあそうしたらいいよ

わかってくれないならいい

 

そういう決断には

痛みは伴ってこなかった。

 

 

僕は自分の掘り起こしを

こうしてブログを通じて

やっているのだけれど、

 

自分を生きて行きたいという

その土台のもとに下す決断には

常に大きな痛みが伴ってきた。

 

怖さに震えた時もあれば

辛さや孤独に耐えきれず

涙する日もあったし

 

それでも本当に進みたいのかと

何日も自問することもあった。

 

けれど、

そんな数々の痛みたちが

振り返れば僕を次の道へと

導いてくれている。

 

だからこそ

「もう自分には嘘をつけない今」

なわけで、そんな自分に

気づかせてくれる友もいる。

 

今日も今日とて

本当に深すぎる気づきと

発見があったのだけれど

まだ言語化は難しいから

 

現時点で気づいたことを

長々と書いているなう。(笑)

 

ほんといつも感謝だな。

迷いが消えたです、はい。

 

 

引き続き地味に

【そして僕は知る】シリーズの

作業をコツコツしていきます。ゲラゲラ