思えば人生の決断は
いつもそうだった。
後戻りできない状況を作り
先に進まざるを得ないよう
自分を追い込む
三歳児のような願望と欲求で
不器用な自分が前に進むには
きっとそういうやり方しか
知らなかったんだろうな。
自分の違和感を模索して
性同一性障害だとわかり
身体を変えたらすべて
うまくいくと思ってた。
だって違うのは
心と身体だけだから。
その不一致が
一致さえすれば
僕はきっと
この違和感から
解放されて
”心軽く生きていける”
無理に
生まれ持った身体の性で
社会に馴染むよう
努力することも
どう頑張っても
女の子にみられる現実に
悔しい思いをすることも
男の子だったら良かったのにねと
大好きな人に言われて
哀しい思いをすることも
コソコソしたり
ビクビクしたり
誰が悪いわけでもないからこそ
ぶつけられない気持ちや
失うのが怖くて
言えない気持ちや
そういうものたち全てが
心と身体が一致することで
解消されると思ってた。
だけど
「一致すること」と
「統合されること」は違ってて
そういった
僕の中にある本当の自分が
のびやかにいなければ
いくら心と体が一致しようと
自分の描いていた
”軽やかに生きて行く”という
ものとは程遠い現実が
実際にはあるのだと
僕は知るのです。


