*映画の内容に触れてます。
観る予定の方は観てから読んでね。![]()
![]()
りんこは中学の時に
「おっぱい」が欲しいと母に言った。
おかあさんは驚いたけど
りんこにブラジャーをプレゼントし
編み物でおっぱいのような詰め物を
作ってあげた。
僕は逆にずっと「おっぱい」が邪魔で
とても要らないモノだった。
結構傷が残りますよ。
とカウンセリングで言われた時も
傷なんてどうでもいい
この要らないモノが無くなるなら
そんなものは何も困らないと思った。
手術で「おっぱい」がなくなり
まっ平らな胸になった時
何とも言えない高揚感と幸せを感じた。
これでこれからは大好きな人との間に
”邪魔なもの”がなく抱き合えると思った。
もっと早くこうしておけば良かった
とも思った。
今までは自分の身体に触れられるのは
あまり好きではなかったけど、
沢山自分に触れて欲しいと思った。
僕もこの自分で愛する人と
いっぱいハグしたり、愛し合いたい
と思った。
女性という身体ではなく
僕の心と身体が一致した
自分をまるごと愛してほしいと思った。
僕は「ペニス」が欲しかった。
りんこが108の煩悩と共に弔うために
編み続けた男根。
誰かの要らないものを
心から欲している人もいる。
なんとも皮肉なもんで。苦笑
けれどそれは当時はとてもハイリスクな
手術であり(今はわかりませんが)、
それを成形したとしても男性として機能はしない。
形だけのためにそのリスクを選ぶことは
僕にはできなかったのであきらめた。
なのでペニスは僕の永遠のあこがれでもある。
大好きな人と一つになるというのは
どういう感覚なのだろう。
愛する人の身体の中の温かさって
どんななんだろう。
抱き合うだけでも幸せなのに
その大好きな人と繋がれるというのは
もうそれは至福でしかない。
(と僕は思春期の
高校生バリな妄想力で思う。笑)
僕が人間関係にしろ「つながる」ことに
多大なる想いをもつのは、未知なる領域
への憧憬のようなものかもしれない。
映画【彼らが本気で編むときは、】
をみて感じること色々あったから
また書くかもしれません。![]()

