中学の頃の塾の先生がそんな人だった。
お世辞にも若いとは言えない年齢で
顔もしわくちゃだったけど、いつも真剣で、
授業中に私語なんてしようもんなら
「喋るなら出ていけ!」とすごい剣幕でチョークが
飛んでくるようなパワフルな先生だった。
授業中以外は打って変わってとっても優しい。
柔らかい穏やかな笑顔の先生。
その頃の僕には悩みがあって
けれどそれは家族には相談できない。
そして休日の家は僕にとっては
決して心の休まる場所ではなく。
それを知ってか知らずか察してか
うちには顕微鏡があるから
和泉くんが来たい時にいつでもおいで。
使ってくれていいよ。
受験勉強も家で集中できないならウチでしたらいいよ。
と言ってくれた。
その頃僕は志望高校の生物部に入るのが
何故か夢で(なんでだったんだろう。笑)
顕微鏡がある!
という言葉に飛びついて
よく池で水をすくっては試験管にいれ
休みになると先生の家に遊びにいった。
行くといつも先生はそこにいて、
授業の間は僕はそれが終わるまで
先生の書棚にある本や雑誌を読んだり
一人で顕微鏡にプレパラートを差し込んで
色んな微生物をワクワクしながら探したりした。
授業が終わると先生は生徒達を優しく見送り、
その後はお茶を飲んだり、時にはおいしい
ケーキまで用意してくれて僕と色んな話をしてくれた。
先生は何か悩みがあるのかとも
受験勉強はどうだとも そんなことは何も聞かなかった。
ただ僕が話すことに うんうんと言って
笑顔で優しく微笑んでくれた。
あの池はちょっと珍しい微生物がいるのよ。
このケーキとてもおいしいのよ。大好きなの。
ここにある本、気に入ったら持って帰ってよんでもいいわよ。
そして帰り際には 必ず
「来たい時はいつでもおいで。」と言って見送ってくれた。
当時の僕にとって、先生との休日のこのひとときは
かけがえなく 心待ちにしていたもので、
そして大人になって、それがどれだけ先生の愛に守られ
包まれている空間と時間であったかに気が付いた。
思えばきっと顕微鏡も、僕が遊びにいきやすく
なるための口実に使ってくれたんだろう。
おかげで僕は志望校にも受かり塾も卒業して
それからは先生に会うこともほとんどないまま。
一人暮らしになってしばらくして 実は随分前に
先生は亡くなったのだと母から知らされた。
亡くなった時、それを聞いて僕が相当なショックを
受けるだろうと心配した母は僕が自分の生活に慣れる
まで伏せておこうと思ったらしい。
(どんだけ繊細やと思われてるねん。苦笑)
最後のお別れを言えなかったのは心残りだけれど、
僕は先生が僕に注いでくれた愛や優しさで救われた。
今でも先生の事は思い出すし、先生が僕に向けてくれた
優しいまなざしは鮮明に思い出せる。
もう会えないけど、先生がくれたものはずっと僕の中にある。
「いつでもおいで」
これは僕の心の支えであり
前に進む力になった 魔法の言葉
だから僕もあなたに言います。
いつでも おいで
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迷い悩み
考え疲れ
くじけそうになる
それでも
あなたの世界は
そこに在り
今あなたは ここに居る
だから僕も ここに居る

