今日、1月25日は
最愛の子どもたちの誕生日。
母として、
新たなページを歩むことになった記念の日に
わたしが考えていたことは、
宿命中殺のことでした。

↑「生年中殺があります」って書いてある
宿命中殺については、
わたしの四柱推命のお師匠さんである
香取佑果さんの解釈が
ストンと肚落ちしたのだけど、
もういちど、自分でまとめてみたいと思います。
生年中殺、生月中殺、生日中殺の人は
年柱、月柱、日柱に
それぞれ天中殺を持っている人です。
天中殺→天干がない(欠けている)
つまり、
天井がなく、宇宙まで突き抜けている。
宇宙にたゆたう
ということは、
天中殺のある柱について
完全には満たされない。
天井が開いてるんだから
どんなに積んでいったって
いつまでもいっぱいにはならない
生年中殺の人は
年柱(親、社会とのかかわり)において
生月中殺の人は
月柱(仕事、オフィシャルな場)において
生日中殺の人は
日柱(自分自身、プライベート)において
もうひとつの宿命中殺である
日座中殺(甲戌、乙亥)の人は
パートナーシップにおいて
そこにお役目があるからこそ
それを追い求めてしまうのだけど
「地球的」「一般的」には完全に満たされないのです。
だけど。
じゃあ、お役目って何よ、ってところ。
それは、
一般的じゃなくても、
「普通」じゃなくても、
地球的にはマイノリティーだったとしても、
それでも、わたしは、幸せなんだよってことを
体現することだと思うんです。
地球的に「仲良し親子」じゃなくたって、
地球的に「勤め上げる」ことができなくたって、
地球的に「普通の人」じゃなくたって、
地球的に「普通の結婚」じゃなくたって、
(正直、それをずっと追い求めていたけど)
こんなに、わたしは、幸せなんだよ。
それを、自身の姿で、伝えていくひとなんだと思う。
「普通」じゃなくたって、いいじゃん。
そう言っていくひとなんだと思うのです。
宿命中殺持ちのみなさん、
ネットでググると
嫌なことばかり書いてあるかもだけど、
わたしたちは、そうだったとしても、
わたしたちだけのやり方で
幸せになっていけるひと。
だから、自信もって、
歩いていきましょう。
