わたしの命式には、知性の星、偏印と印綬があります。
そして、日干支は壬 水の属性。
(知性の星も、五行では水に属します)
十二支も、水に属する子、亥があります。
水要素が多めの命式。
水の属性が表すのは、習得本能。
体験からなのか、書物からなのかは違えど
とにかく学びたくてしかたない。
知らない世界を、知りたい。
学びたい。学ぶことが楽しい。
これをやりたくて、やってきました。
でも、
たくさんたくさん学んできて
学んで身についたこと、自分の中に落とし込めたことも多いけど、
むしろ身にならなかったことの方が多数。
この違いはなんなのだろうと考えた時、
当たり前すぎるほど当たり前のことに気づきました。
”これ、知りたい!楽しそう!”
”絶対学びたい!”
そう思って学び始めて、
学んでいる時も楽しくてワクワク、テンションが上がっている時。
学ぶことの喜びを感じられている時。
それは、言い方を変えれば、
わたしの知的好奇心が満たされている時といえます。
そういう時は、学んだことが、わたしの内側にスーッと、
そう、水が乾いた砂に吸い込まれていくように
入ってきます。
だけど、
”これ、知りたい!楽しそう!”
”絶対学びたい!”
そう思って学び始めたはずでも、
”これを知っていないと○○できないから”
”わたしは知識不足だから、学ばないといけない”
こんなふうに、不足を埋めるために学びにいったものは、
学んでも、わたしの内側に入ってこない。
わたしの外側に、とってつけたように、べたべたとくっつくだけ。
そして、それはすぐに剥がれ落ちてしまう。
だから、国家試験のために勉強したことはあっという間に忘れたんだわ![]()
さらに、そのくっついていたものが
わたしを守ってくれているって、わたしは思っていたかもしれません。
それさえつけていればいいって思っていた。
でも、そんな、すぐに剥がれ落ちてしまうようなものに、
なんの力もない。
それどころか、わたしの外側にべたべたくっついて、
わたしの姿を隠してしまう。
まるで、ハリボテの鎧のよう。
もう、わたしはわたしのままで生きたい。
そう思ったのだから、
わたしを隠す鎧は必要ないよね。
知的好奇心に満ちているわたしが学んで得た知識は、
ハリボテの鎧ではなく、わたし自身の、わたしの一部となっていくもの。
そして、わたしの一部となった知識を
わたしのやり方で表現していく、伝えていくことで、知恵に変えていく。
それが、わたしの人生のテーマ。
それをやるために、この水だらけの命式を選んできたのだと
改めて思えました。
そして、現実化力が強い帝旺もな
