何度もしつこいのですが![]()
わたしは、人脈の星(正財、偏財)を持っていません。
人脈の星は、人を通して、自身を知っていく星。
それがない、ということは、
人に興味がない。![]()
人とコミュニケーションをとるのが、本当に苦手。
気遣いしたつもりでも的外れだったり、
そんなつもりはないのに場の空気を凍りつかせたり、
そんなんばっかりだったので、
「人脈の星がないから、そうだったんだ!」ってことが
自分の中の落としどころとなっていました。
でも、
大切なお友達で、
わたしにいつも気づきをくれるミキティが言ってくれたのです。
「ゆっきーは、
人脈の星がないから気遣いできないってよく言ってますけど
無意識で気遣いできるひとだと私は思ってます
」
・・・![]()
わたしが、気遣いできるひと、とは
ミキティが言ってくれていても
自覚はできないのですが
(いや、自分のことって、自分がいちばんわかってないよねーって話にもなったし
)
ここで思い出したのは
4年前の今頃の、
子宮推命創始者、假屋舞さんのお話。
このセミナーにはもちろん参加していなかったんだけど、
あとでYou Tubeに上がった動画を何回も見て、
ブログも読んで写経のようにメモしてた!
子宮推命を知ったばかりで、夢中になっていた、2019年のGW。
おうちに引きこもってひたすら学んだ。楽しかったなぁ。
(以下、「星」は通変星・蔵干通変星をさします)
持っている星は、才能。
持っていない星は、天性。
才能が伸びることによって、
天性も発揮できるようになる。
舞さんの言っていることが、
この時は全然ピンときていなかったのだけど、
ミキティの言葉で、
はっとしたのです。
持ってきていない星は、
今世やらなくてもよい、と自分が決めてきた。
なのに、
”気遣いしたつもりでも的外れだったり、
そんなつもりはないのに場の空気を凍りつかせたり、”
↑やらなくてよいのに、できないのに、やろうとしちゃってる!
意識しちゃってる。
だから、様子がおかしくなる。
わたしが、持ってきた星の欲求だけをやっていれば。
たとえば、
運気のことをわかりやすく伝えたり(印綬)、
マジカルビジョンを作ったり(偏印)、
おいしいおやつ自慢のライブ配信を一緒にやったり(食神、偏官)、
もっともっと、わたしの推命を深めたり(劫財)、
それが、いつの間にか、無意識で、
誰かの心に響いたり、誰かのためにもなっていたりする。
そういうことなんだ。
意識するのは、持っている星。
持っている星は、才能の種。
意識して、声を聞いて、
水やりして、日光を浴びて、育てよう。
持っていない星は、天性。
必要な分だけ、力が発揮できるようになっているけれど、
やろうと意識しても、発揮されない。
持っている星をやっていると、
無意識のうちに、なんかできちゃってる。
だから、大丈夫。
同じ星を持っていても、
そのひとによって、
それぞれの星の欲求って少しずつ違うから、
わたしが、持っている星を、生きる。
それが、やっぱり、いちばんたいせつなんだなぁって
改めて思いました。

