こちらの記事の続きで、親孝行旅行の話の続きです。

 

約50年前、昭和44年から続くお話です。

(サレ夫はモチロン、誕生前w)

 

サレ夫の両親がどのように知り合ったかのかは、

 

よくわからないところもあるのだけどw

 

確か昔警察官僚? だった父方の祖父の影響もあったのか、坊さんの資格? (父の兄弟2人は坊さんです)を父親は取って 、大学卒業後、警察学校に入って(警察官になって)、たぶん半年ほどで何故か辞めて、昭和44年の夏、秋? ころ、今のサレ夫の実家のある所に来た父親。

 

ちょうどその年の昭和44(1969年)年5月、ある地方にデパートが開店し、そこに就職した父。

 

そこから約45年、

 

その地方デパートは、ご多分に漏れず、今の時代生き残ることもできず、閉店となった。

 

閉店後も、いろんな雑用もあったようで、父親は5年ほどバイトでお手伝いしていたようだ。

 

そんな父が50年近く働いていたデパート。

 

サレ夫も小さいときは、父の働くデパートの食堂に母とお昼ご飯を食べに行ったものだし、買い物の荷物持ちでよく言っていた場所だし、学生時代の通学路だったところだし、はじめてサレ夫がバイトしたのもこのデパート。

 

そんなデパートも、築50年で解体され、再開発され、タワーマンションになることとなった。

 

今日はそんなお話です。

 

モデルルームを見に行ったら、両親のほうが地域のことは、よく知っているのだけど、

 

地域の紹介というか、当時の写真とかを見せてくれました。 

 

 

すごい行列ができていますねw

写真左側がデパートです。

 

 

実家が向こうの方に、、、

見えるような、???

 

マンションの値段は、母の想定の2倍くらいだったようでw

 

早速あきらめてました。。。

 

家に帰って、

 

「夢を見させてもらってありがとう」

 

 と、母。

 

夢、

 

っていうのは、

 

たぶん

 

夢ではなくて、

 

人生とデパートと、姿を変えたタワマンが自分の人生に重なったことが、

 

 「夢」っていう言葉に置き換わったのだと思いました。 

 

両親の中では、

 

50年前にきっとタイムスリップしたのであろう、

 

タワマンのモデルルームに両親と行ったお話でした。

 

もちろんこの父が勤め上げたデパートと一緒にサレ夫も育ったわけで、

 

両親には、

 

ここまで育ててくれてありがとう

 

 って、心の中で言いました。

 

 
 
 
ちなみに、買わなくてよかったタワマンの話はこちらです。