本日はまな☆が書いてます。


阪神淡路大震災から22年。

 
幸い、その時ワタシが暮らしていた実家は、神戸からは離れていたので、相当な揺れはあったものの、不安定だった家具が倒れたりする程度で、母もワタシもケガはなく、電気ガス水道も通常通り使えたし、揺れがおさまってすぐに、母の育った神戸の実家に電話しても無事が確認できたし、外がまだ暗かったせいもあり、被害がどうとかもわからず、ニュースを見ながら、既に神戸へ電車で出勤をしていた父だけを心配していました。(電車が止まり、のちに父はそのまま引き返して帰ってきました)
程なく、ワタシも出勤。その時勤めていたゼネコンの会社も、お客さんや現場の被災状況が把握出来ていないだけに、不安な空気に包まれていたのを覚えています。
 
徐々にわかることとなる、あの痛ましい光景。
 
被災地に届ける為に、会社でひたすら握ったおにぎり。
でもあの時は、それくらいしか出来なかった。
お客さんからの電話をとる度に、その悲痛な声に、ただただ悲しくなりました。
 
ひと月経ったある日、営業の同僚が、神戸の中心にあるお客さんの所にいくのが不安なのでついてきてほしいと言ってきました。休みだったワタシは付き添い、震災後にはじめて神戸に行きました。
 
 
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年明けのカウントダウンを、三宮で友人と過ごしたのに、その時の三宮はもうありませんでした。至るところに花がたむけられ、まだまだ埃がまい、ガレキの山・・・
 
その中を、涙を流しながら運転していた同僚。
 
結局、お客さんの所には行けませんでした。
2人とも、無言で車で泣くしかできませんでした。
なんにもできない自分らが情けなかった。
 
帰りに寄ったハーバーランド。
 
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よく行っていたレンガ倉庫のお店にあかりがついていました。見に行ってみると、なんと営業していたのです。
 
「よく来てくださいました。牛丼しか出来ないのですが、それでよろしかったら、食べて行ってください。」
そう促されて、店内へ。
お客さんが数組いました。
程なく、食事が運ばれて来ました。
 
「こんなことになってしまったけど、必ず再開させます!頑張ります。今日は来てくださって嬉しいです。」
「ありがとうございます」
「ワタシ達も、できる限りの事をします。だから、また絶対食べに来ます!」
 
簡易のお皿に暖かい牛丼、紙コップにお味噌汁。
心に響くご馳走でした。
 
「俺らは今日の事を絶対忘れんとこな。」
 
そこで同僚と話したのは、それだけでした。
ほかのお客さんも涙を流してました。
 
今でも忘れられない、忘れてはいけない。
 
 
神戸の人と結婚し、神戸に住み、息子が生まれ、あの時の震災に、いろんな角度から触れる機会が本当に増えました。
 
東灘で被災した主人。
家具と家具の間から、義母と義妹を助け出し、避難所で、亡くなった方々を運び、ご遺体と対面する方々の悲痛な声を聞きながら毎日寝泊まりしていた。
 
長田で被災したママ友。
すぐそこまで火の手が迫っているのに、水が出ず、消防車が来ても火を消すことができない。消防士さんが「ごめんな、ごめんな」とひたすら謝りながら、涙をこらえて別の火災現場へ行ってしまった。
 
上沢で被災した友人。
子どもを産んだ病院で地震。産まれた娘の黄疸が出て退院が一日延びた夜、揺れと同時に隣に寝ていた娘はカートごと転がっていき、壁に激突。娘を抱きあげ、そこからとにかく逃げるしかなかった。上沢の自宅マンションにも、火の手が迫ってきていたが、燃えずに助かった。
 
二宮で被災した友人。
隣のマンションが、自分の住むマンションに寄りかかってきていた。神戸の友人の誰にも連絡が取れないまま、実家のある県外に避難した。
 
 
周りの人のほとんどが、それぞれの震災を経験してるけど、みんなが口を揃えて言う事。
 
「伝えることって難しい」
「でも伝えていかなくては」
 
 
神戸で子育てをしていると、1.17の時期には、学校の宿題で『震災の話を家族に聞く』というものがあります。それをまとめて書きとめて、授業で発表したり、震災の教訓を話したりするのです。
そして、神戸の子がみんな歌える歌が
「しあわせ運べるように」という歌。

神戸市の小学校の音楽の先生、臼井先生が作られたこの歌は、神戸の人々を元気づけながら、歌い継がれています。

伝えることをやめない。

そして、共に生きていく。

この歌が、神戸の希望と一緒に、

東北、熊本へも届けられています。


震災を経験していない息子も、吹奏楽部の取り組みで、今年も東北へ想いを届けに行きます。



     しあわせ運べるように

                  作詞/作曲  臼井 真  


 1.地震にも負けない 強い心をもって

        亡くなった方々のぶんも

        毎日を大切に生きてゆこう

        傷ついた神戸を 元の姿にもどそう 

        支え合う心と明日への 希望を胸に  

        響き渡れぼくたちの歌

        生まれ変わる神戸のまちに 

        届けたい私たちの歌

        しあわせ運べるように 


 2.地震にも負けない 強い絆をつくり

        亡くなった方々のぶんも

        毎日を大切に生きてゆこう

        傷ついた神戸を 元の姿にもどそう

        やさしい春の光のような 未来を夢み 

        響き渡れぼくたちの歌

        生まれ変わる神戸のまちに

        届けたい私たちの歌

        しあわせ運べるように


        届けたい私たちの歌 

        しあわせ運べるように



あの時見た光景を絶対に忘れず、無駄にせず、

心を寄せあい、手をたずさえて生きようと、

また今年も心に刻みました。


長々と読んでいただきありがとうございます。