こんにちはニコニコ

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大阪府箕面市で、身体にやさしいお菓子パン教室をしていますゆかっちです口笛



前に
助産師になった経緯について書きました。


続きなんですが、

助産師学校で10例のお産を介助させてもらい、泣きながらやり遂げた実習、論文を終えて、国家試験を受かって、
ようやく、助産師として出産の多い市民病院に就職したのですが、4月1日に入社式で配属されたのは、
ま、まさかの!!

内科病棟ゲッソリ

まさかまさかでした。そんな話全く聞いていなかった…ガーン

入社してみると、新しく助産師が10人も採用さるていて、6人は産科病棟、2人は内科病棟(肝臓系、一部婦人科)、2人は小児科配属でしたチーン


正直その日はほんとに泣きたかったですえーん


内科病棟では、寝たきりの方も多かったので、はじめのほうは、処置係のお仕事が多かったです。

お薬渡す、採血、点滴、体位交換(寝たきりやと床ずれになっちゃうので、定期的にするんです)、オムツ交換、マウスケア、食事介助、検査の介助、清潔の介助、洗髪などなど。

特に夜勤では、ひたすらこの処置の繰り返し。。ナースコール対応は基本的に私の役目。

全然回れないうちに、次の体位交換、オムツ交換の時間がやってくる…ナースコールがまた鳴っている…滝汗滝汗滝汗チーン


そんな中でも、入院中の高齢者の方とお話するのは、結構好きだなと思いました照れ
みなさん、いろいろお話したいんやなぁって、、長く聞いてあげていたいなって思ったりもするけど、業務回らんくなる〰️笑い泣きって感じでしたアセアセ


癌の末期の方も多かった病棟でした。
家族との話し合いもしていますが、対応としては、積極的な延命処置はしないという方針の方が多く、家族へのケアもかなり重要な看護だということを学びました。

最期を迎えられる場面に当たることが、なぜか多かったですショボーン今でもその方々のことはよく覚えています。
正直、あの頃は、産まれる病棟で働きたかったのに、なんでここで働いているんだろう…アセアセ
と、休みの日に実家に帰っては、戻りたくなくて、電車で泣いていましたぐすん

もったいないですね。現実逃避せず、そのときにの学びを精一杯前向きに生きたら良かったのに…ショック今ではそう思います。


肝臓の病気や癌、根本的に良くなることはなく、入退院を繰り返される中で、だんだんと悪くなっていかれる様子は見ていて、つらかったですし、病院という環境で、急に痴呆が進んでしまわれるのを見ると、刺激のない、閉鎖的な空間で過ごすことの影響がよく見えました。


病院は必要だけど、自分や大切な人が余生を送るとき、病院ではなく、おうちで過ごせることは大事だなと感じました。


そのためには、健康寿命を長く照れ
健康でいられるための習慣をつけていきたいと思いました。


内科でのお仕事、ようやく慣れてきて、処置ひたすらやる係りから、担当制に変わるっていうときに、

12月から産科病棟への異動!の話が突然やって来て、産科病棟に配属になりましたニヤニヤ


振り回されてる感はありましたが、希望はしていたので、良かったかなとは思っていました。

産科病棟での、あれこれは、また別で書きたいと思います。


読んでくださり、ありがとうございますお願いお願い



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