秋風や泣きつ笑いつ海に入る
夢も濡れましょ潮風夜風
船頭可愛いや
えぇぇ
船頭可愛いや
波枕
雨の日曜日
浪子小母さんの名調子
ボクは
思わず 聞きほれてしまう
堆肥舎の二階は 階段が急で ボクは中途まで
そこから覗く
藁と麦藁の間に鎮座する 「足踏式の製縄機」
ミシンみたいに 足で踏むと
二本のラッパ管が 内側にガラガラ回転する
その管に
藁三筋ほどを 切れ目なく差す
産まれたての縄は 連結されたお太鼓が
ハイハイパタパタと 回転しながら 巻き取る仕掛け
右へ左へ 藁を差しつつ
船頭…可愛や…
ガラガラパタパタ 雨の一日に
ご機嫌で よく合う
歌声は
雨の中ひとり 傘も差さずに 開け放った窓を出て
果樹園を越え 桑畑をゆらゆらと 揺らし
谷を青々と彩る 棚田を波打たせて
左回りに 坂の小径を辿り
行きつく先に ポツンと ひとつ
墓
異國に果てた 主(ぬし)にこそ 聴かせたや
<形ばかりの墓とは言えど そこはそれ>
浪子小母さんの
心意気
<散逸物語●雨>
亜米利加の松毬
<松毬(マッカサ)=マツボックリ>
谷間の庭に 蝉の聲す
本家の菊小母さんと 浪子小母さんの語らい
久し振りに麓に 塩買いに参ったらばね
厚木ってとこに
アメリカから マッカーサが 来たらしかよ
へぇ マッカサがねぇ
わざわざ 来んでもよかとに
マッカサ(松毬)なら裏の山に 仰山あるのにねぇ
あはぁ
もの知らぬこそ 骨エビ反りて 面白けれ
<1945年8月30日 連合国軍総司令長官 D・マッカーサー厚木飛行場に降り立つ>
あらぁ
そうなの あはは
屈託なく笑い合う ふたりである
が
菊小母さんのご亭主も戦死 義弟は19歳で特攻
いずれ劣らぬ 境遇やな
浪子小母さんは 唄で これを漕ぎつゝ
凌ぎ
菊小母さんは
毎日谷川の泉に 水汲みに降りて
人知れずこそ
鼻
水に語る
<散逸物語●泉>
炎天の鬼打ち豆
十六年はひと昔 月日は速い
俺は 東京へ行く
戦争遺児のガキも 一端(イッパシ)の口を利く
「与一」は頑固者や…止めても無駄と 浪子母さん
出奔前に
大豆の収穫を 手伝ぅてからお行き
梅雨の晴れ間に
「鷹女(祖母)」を加えて三人
庭一面 根引き大豆の甲羅干し
カラカラに乾いて
明日は 奔るぞ
鷹女が ついついの 口火
東京の な 九段坂という処に な
お前の父さん 「エーレイ」として 祀られておる
まずは 詣らねば…
そがなもの 何の足しに なりますのん
ここに 生きてあればこその ことですや
ううう
庭中の大豆が 一斉蜂起呼応して
浪子母さん
一世一代の 鬼打ち豆炸裂
姑鷹女殿 絶句
<散逸物語●豆奔る>
あれから 随分経つ
与一は 遂に九段の坂を 息切れて上らず
鷹女殿の
リクエストも果たせず
今も時折 禿頭をしたたかに
鬼打ち豆が
飛ぶ
●
今語られる
「新しい戦前」とは
今年の流行語大賞候補か
けだし卓見との 声もあるが…
戦前を知らぬ者の 言に 戦前を知らぬ者が頷く
よくよく思えば
奇怪では ないか
歴史とは ひとの数ほどある
それぞれの 散逸物語
小さな者には
小さな物語…
降り積もり積もる 塵芥の山脈にも 似て
殆ど 語られぬを
常とす
千里離りょぅと 思いはひとつ
同じ夜空の
えええ
同じ夜空の
月を見る
笑童子 〉作品公式サイト
鍋倉孝二郎 WORKS / SHOP




