一の矢行方

 

京左右往来展始末❸狐狸小路編

 

誰に見しょとて 紅鉄漿(かね) つきょうぞ

みんな主への 心中立て

<あたしが化粧するのは みんなあなた一人のためなのよ>

娘心はかくも一本道…ときに追分もあるらし

 

さてもさても

木偶を彫り溜めて「展覧会」たぁ 浅ましい所業かもしれませぬ

厳密に申せば

彫り上げて これで良しと「鑿を置いた瞬間に完結」…というのが

仕事の本然のはずだが

ねぇ見て見て なんて 「未練の波止場」だ

まぁ中には 作品を軸に「意外な物語」を紡ぎ出す眼力の 見巧者もおられる

だから油断大敵 「展覧会」は侮れない

げに恐ろしきは 「目玉」なり

世の中広しと 今更ながら

思い知らされる

 

展覧会とは 桃色不思議 自己再発見の妖…「京の闇鍋」

今までの展とは 一味も二味も異なる 奇妙な脱力感にも似た

疲労と 充足と 余韻

これを以て もう「最後の展」と するかなぁ…

 

 

 

 それは成りませぬ

いつの間に現れたか

祖父の代から仕える驢馬公 神出鬼没で この年寄りを 今だに「若」と呼ぶ

その驢馬公が言う

あの時の 「運の右手」をお忘れか

 

十七歳の夏 郷里の裏山が崩れて 生き埋めに…

不思議な事に 右手だけが 土の外に露出

薄れる意識の中で 顔の土をその右手で 懸命に掻き除け 九死に一升を拾ぅた

但し 「右脚と引き換え」という 条件付き

嫌も応も 言えませぬ

絵も木彫りも その時の「運の右手」の なせる「業」やも知れぬ

そうよな 驢馬公

「業」もまた 懐かしき 身の裡なれば

初心に帰れ と言うのかぇ

 

都大路は 「未来」が通る

されば 「疲れた野良」の流れる先は 京の路地(ろうじ)か はてまた小路か

驢馬公の背に ゆらりゆらゆら 揺られて辿る

「過去」こそ これ 真の花よ

狸小路に狐小路 はて 化かされたかと 思えども

京の道 条理なれば迷うも

また楽しけれ

 

小路の途中に 町屋数軒を貫く 不思議な「穴」がある

地図にはない 知るひとぞ知る 「図子(ずし)」という名の抜け道

その薄明かりが誘う…これを潜らぬ手は あるまい

いざ

十七歳の夏の 「時の隧道」

 

 

少年匕首

演壇に「人間機関車」と異名をとる 巨体の男の独特の だみ声が響く

「選挙のさいは国民に都合の悪いものは捨てておいて 選挙で多数を占めると…」

ここまで 語った時

演壇下手 詰襟の学生服の少年が 匕首(あいくち)を抱き 駆け上がる

一瞬の間 渾身の一撃

1960年10月2日

日本社会党党首「浅沼稲次郎」刺殺 日比谷公会堂にて

少年の名は 「山口二矢(おとや)」 17歳

返す刃で 自裁を図るも 衛視に拘束

 

田舎病院の廊下上段に設えた 丸いブラウン管のテレビ

あたしは 粗末な寝台に横臥して 「その瞬間」に立ち会って しまった

白黒の小さな画面は 「巨大な稲妻の静止画像」と化し 脳裏を打つ

敗戦後15年

死者の記憶 焼け跡の残骸と夏草…未だ方々に混沌散らばる中

創生期途上のテレビも まだ「野生」に溢れる時代…

幾たびも「そのままの映像」を報じた

あたしは 彼の思想に共感は持たぬ

 同時に 彼に向かい 「石を投じる」という

資格も また 持たぬ

だが

餓鬼と大人の狭間 17歳という季節に穿たれた 「残酷な楔」

今もあの鮮烈な 残像だけは 言いようもなく

消し難い

 

少年のポケットには 「汝個人に恨みなけれど…」と 記された斬奸状

凶行を前に 属していた「右翼団体」を脱退

あくまでも 「己個人の行為」となす 驚くべき「用意周到」な17歳

同じ年の11月2日

法の裁き 初めから眼中に無く 拘留先の練馬少年刑務所にて縊死

壁には 歯磨き粉で こう書かれていたという

「七生報国 天皇陛下万才」

 

徒然草に

初心のひと 二本の矢を持つことなかれ

とあるが

彼が「一の矢」で 真先に射たもの それは他ならぬ

「彼自身の孤独」であった と思う

 

歩き疲れたとき

夭折のひとの 駆け抜けるさまを 思い出し

微かに羨望の想いを 禁じ得ないこともある

とは言え 先に行くも 後に残るも 修羅に変わりはない

十七歳の 彼の軌跡も 

また…

 

弱法師や 笠洩るほどの 蝉時雨