お宮さんまぁるい田んぼ

 

「お宮さん」とは

神社にあらず あたしの祖母の名前

ちょいと 畏れ多いかしら…

まぁ そこはそれ 親に貰ったこの名前 

渡世の仁義は

<まっぴらさん ごめんくださりまっしょ>

それに 祖母はどこか 巫女めいたひとで

もしかしたば 狐狸の眷属だったか

<かく言うあたしも狐狸やも>

お宮さんは

集落の棚田の最上段に 一坪ほどの車田を持っていて

集落の田植えを結いで すべて済ませてから

ひとり儀式で 

その田を植えて納めるのが 毎年の習い

 

まぁるい田の中心に ヒサカキの一枝を

厳かに立てて

それを基点に

右回りの螺旋状に 植える…

これぞ ニッポンの夏「金鳥渦巻き蚊取り線香」

誰も手出しは 相ならんぞ

 

植え終わると 水口に 米・塩を供え 徳利の焼酎を注ぎ

自らも一杯頂いて 山里の秘儀は お開き

注がれた焼酎は 喜々として軽やかに水に乗り 

順繰りに下の田へと 流れる

めでたさと共に…

 

その棚田も時経たれば 

もはや鳥も通わぬ 山野となりにけり

歴史とは いづこも似たり かくや姫

ただ 月のみぞ煌々と

渡りて…

 

 

 

りの

かつて 全国各地で行われていたと思われる

この「車田神事」も

現役は岐阜県高山町(写真)と 越後佐渡島の二田だけ

これらの田は 共に中心から外に向かって

同心円状に 大勢で植える

秋の刈入れは 外から内へと一斉に…

 

螺旋状に植える…

金鳥蚊取り線香方式ではないのが

あたしとしては 不満であるが

「お宮さんの幻の車田」とは異なり 

この二田は 堂々の文化財

「車田」の意とは

「死と蘇りの永遠の循環」の形象だと 思うゆえに

お宮さん流の「螺旋植え」が 本然と思うのだが…

まぁ、郷には郷の 風が吹きまする

 

 

昔むかし

シルクロードの往還に 偶然にも隊商の駱駝の荷から

一個の「毬」が転がり落ちた

その「毬」を 宿場の小僧が 拾ぅて思いきり

蹴った

 

球あらば 

転がす 蹴るは サッカー少年の 本能なれば

小僧たちに あちらこちらで 蹴られつつ

大陸放浪の旅の果てに

その「毬」は 河を 流れて どこどこ行くの

渡るは 風雪日本海峡 冬景色

 

島とは

究極の文化の「吹き溜り」 なれば

我が国の文化の根の大方は 西域を始め大陸あたりからの

漂流物である

またの名を「福溜り」…流れものに福ありとも言うが

それらに

吟味塩梅工夫を凝らす それがマネッコ名人「日本文化」の

真骨頂と言えるのかもしれない

 

 

●四季屏風蹴鞠図/板絵油彩/600×600粍/個人蔵

 

から

放浪の毬の 旅の終着驛は

大和の国

寄りあって 毬を蹴り合う その様見れば

優雅な殿上人の 遊びの風情だが

実はれっきとした 雨乞い神事なのね

 

方形の馬場に

東北に桜 東南に柳 南西に楓 西北に松を植えて

儀式の始めに 竹竿で四方の木の露を払うて

六人ほどで 鹿皮の毬を蹴る

蹴り上げの高さは 四方の木(一丈五尺)を目安とか

天と地の関係に 滞りが生じ

大気の循環が損なわれて

雨が降らぬとされ

この閉塞を破り 天地の循環を 促す儀式

それが 蹴鞠神事の 本意である

 

蹴鞠の掛け聲は 「アリ」「ヤア」「オウ」

その声で 「鳴神上人」の怠惰の眠りを覚まそうという

企てなのであるが

さぁて もくろみの如く恵みの雨と

相なるや

否や

 

 

 

宇宙の五元素は

毬蹴る

聲は

アリ

ヤア

オウ