ソフトバンクの孫正義氏の髪の生え際を見た友人…

少し後退しましたか

孫氏、間髪をも入れず

いやいや、ぼくが前進したんだ、よ。

おぉ、これぞ名言中の名言!さすが孫悟空の末裔

切り返しお見事!まさに「如意乾坤自在」である。

魑魅魍魎跋扈する政財界では、この程度の応酬は序の口だろなぁ。

 

 

あたしの配役は「後ろ歩きのキョンシー」だから、

こんな真似は、金輪際出来っこない。

どちらが前か後ろか、解らなくなる時もあるが…

まぁ、進む方向が「前」だろねぇ。

と、いうわけで、またぞろ前むきに、

20世紀の「未来」を語ろうぞ。

 

庭先で三味線爪弾きの音がする。

出で見れば、田舎芝居から抜け出たような

「鳥追い」が立っている。

着物の裾を掴んで、5歳ほどの娘がひとり、

母親の後ろに隠れて、

まぁるい顔をのぞかせている。

おけさ笠、草履、三味線…何もかもが、くたびれて、

垢じみた袷のきもの…母と娘の放浪の旅の

極まりようが偲ばれる。

 

谷の奥に七軒が散らばるあたしの故郷の集落までは、

砂利道の大路を岐れ、谷間の細々とした山坂谷路曲がり道だ。

よくもまぁ、の山奥に集落があるのか、

中途で心細くならなかったものだ。

 

まさに集落始まって以来の珍客。

もしかしたば、あの母娘は、稀人だったのかもしれない。

 

三味線を爪弾き二節ほど唄った。

喜捨は大きな「茹でた薩摩芋二本と一円札三枚」。

鳥追いは、それをおし頂くと、

手を合せて、深々と笠のまま頭を垂れ、

娘の頭に手を当てペコリとさせたが、終始無言であった。

 

帰路、木戸の坂道を曲がるとき、

娘は二度振り返ってあたしを見た。

あたしが坂を追いかけ道に出ると、

ちょうど田の道の曲がり角で、また振り返り、

そして木立の茂みに消えた。

気になるヤツ、だったなぁ…

 

「一期一会」って、

ガキの世界にもあるんだな。

 

 

今夜の宿ボッチ。

翌日、祖母の手伝いで田んぼへ…

藁ボッチの丁度真ん中あたりの藁束が

数輪ほど引き抜かれて、まぁるい洞になっている。

あの母娘の仕業だな…なぜかほっとした。

 

引き出された藁を丁寧に束ねて、

洞に詰め直している祖母に、

「家に泊めてやればよかったんねぇ」…と言うと、

半端な情けは、な、先様にご無礼というもんじゃ、

よう覚えておけよ。

ピシャリと言った。

「まぁ、藁は暖かい、よう眠れたじゃろ」…

と呟くと、あとは熱心な門徒の一語。

 

 

くな小鳩

例えどんなに酷な「配役」でも

引き受けなければならんのが、人生だからなぁ。

耐え難い「配役」ゆえの劣等感と、若さ特有の

ヒリヒリ焦燥感に駆られ、

あてどなく東京へ…

 

小さなデザイン会社に潜りこみ、寝泊りさせてもらう。

仕事終えると、

日課の如く、銀座界隈の裏路地徘徊の怪しい日々。

三流の映画館…それもフランス映画ばかり、

唐突とも思える「FIN」の字幕が、

あの頃の気分に、ピタリ。

まるで刃物にも似た余韻であった。

一杯の珈琲、夭折詩人の詩集と、画帳一冊…

 

歩くは路地裏ばかり…なぜだろう。

決して大路を歩く気がしない。

と、ここまで来て、どこかに眠っていた謎が、

はらり解けた。

 

十数年を経て、鮮やかに思い出したは、

あの鳥追いの母娘のこと。

町場のひとびとの無関心に疲れた心は、

誘われるように山路の奥へ奥へと…

そういうことだったのだろう。

いや、そういうことだったのだ。

 

あのときの母娘の消息は、もう知るよしもないが、

あの藁ボッチの一夜は、おそらく「胎内」の如く

温かかっただろう、と思う。

願うことなら、覚えていて、

ときおり思い出してくれるなら…うれしい。

なぁ、小鳩よ。

 

不幸の皮に幸福の餡を包んだ饅頭と

幸福の皮に不幸の餡を包んだ饅頭

さてはて、どちらが旨いか。

どちらも、ちょっぴりほろ苦く、甘い。

そして、それは、

何ものにも代えがたい、

しみじみとした懐かしい味がするだろう。

きっと、

ね。

 

 

 

 

 

 

 

 

●西行の娘/キャンバス/油彩/300×600粍