眼玉見るなや抜く

 

幕末に ひとの真の姿を写し

同時に魂をも抜くという 舶来の妖怪の出現

 

その出で立ちはと 見てやれば

四角い箱に 大きな一つ眼玉がキョロリン

足は四脚車着き 髪は表真っ黒に裏真っ赤

その前に立たされて 動くなや 男なら辛抱ぞ

瞬きするな 息するな

姫さまに於かれましては 御屁もなりませぬぞ

 

まぁ今ならば 露出タイム125/1秒で済むに

掛け声を合図にひたすら ストップモーションの辛抱場

思いおもい必死のポーズで 妖怪の眼玉を直視する猛者は皆無

 

眼玉凝視すれば

ついつい引き込まれ 瞬きしてしまふ

裡なる思いを守ろうとする本能も働くやも…

 

坂本龍馬・桂小五郎はん その他の勤皇の志士諸君や

島津の斉彬公もソッポを向いてはる

大事を志ざす者とは 意外と繊細だったのかもしれん

 

野心抱くは 山師の如く 含羞忘るべからず

あ 

含羞すでに死語となり

チーズは知らぬ ピースも存ぜぬ

なれば さもありなん

 

<奇怪な婚礼>

露出時間を短くする工夫か 婚礼の場を奥座敷から明るい縁側に 花茣蓙敷いての即席ウェディング

花婿は刀まで持参 抜く気かおぬし 高砂や…どころではない

オオ・ジャポニズム トレビィアン!…物好き外国人の仕業だろか

 

妖怪小僧150歳

妖怪眼玉小僧も 湿板から乾板ネガ・ポジ そしてデジタル

驚異の変身を遂げ 今や誰でもがハイチーズ

ボーダレスシャツ着てさ、長いマツゲが卑猥なあいつ

プロとアマの境目も朧月夜にて

AICG加えての天下布武

今 春が来て 君は綺麗になったぁ♪

去年より ずっとキレイになった

さても

抜かれるという その魂は

どこさ 行くのだろうか

 

 

シャボン玉の中へは 庭は這入れません 

まはりをぐるぐる廻ってゐます

ジャン・コクトオ/詩 堀口大學/訳

魂といえば この詩を思い出す

あたしたちの身体の中に ひとつだけ珠があって

見たり聞いたり感じたりする すべてのことがらを

ぐるぐる廻りながら 映すシャボン玉

その記憶の珠が

魂や

どんないきものにも 木や草小石にもあるのやろ

 

その珠は 人生の最後の時に 吐く息にまぎれて

ボッカリと姿をも見せず

空に昇り パッツンとはじけて 宇宙の一部となる

そして

いつの日か いつの時代かは 分からないけれど

再び

 

一羽の兎 一匹のカマキリ 一匹の蝉

はては一本の桜…

何ものかの裡に宿り 降る雪の如く 

霧雨如く 春風の如く

 

ひそやかに

この世に降りてくる

 

●木偶にも魂 像高250粍/材科(シナ)/油彩着色

 

 

昔のひとが 魂を抜かれる と言ったは正解や

写真撮るなら 対象の魂を写せ ということだろうか

一期一会 

いやさ ここで逢ぅたが百年目!

直感と直勘の交差…一瞬の出逢い

魂が裸の胸を見せる一瞬

まぁ

滅多に出会うものではないが

地球はゴロリゴロリと 休みなく廻っている

見るひとは観る 撮るひとは撮る

思わぬ時に 

思わぬところで

きっとね