ヨコハマたそがれ煙草の煙

 

行き交うひと、見分けがつきにくい夕暮れどき、

それが「誰そ彼(たそがれ)」…「黄昏」とも。

この時刻に道で誰かに行き逢ぅたならば、

「もぅし、もぅし」と声をかける習慣があった。

もし、相手が無言であれば、それは狐狸、モノノケの類である。

いわゆる逢魔がとき、とも呼ばれる…

怖いですねぇ。

 

日本最初の電話開設は明治32年とか。

四角い箱に黒い目玉みたいなベルが二つ、

天狗の鼻そっくりの送話用ラッパが一つ、

左に大きなラッパイヤリングがぶらりんこ、これが受話器。

どう見たってこりゃ怪しいシロモノだが、

なにせ文明開化じゃけんのぅ…

 

とは言え、カボチャ頭寄せ合っての最大の難問は

「第一声」をなんと言おうかのぅ。

そこで閃いたのが、コールマン髭の所長殿ではなく、

なんと小使いの小僧ウリ坊。

祖父から聞かされていた

「もぅし、もぅし」を思いだした…偉いねぇ。

衆議一決、これにて一件落着。

真の偉人とは、無名のひとを言うんだね、

きっと。

 

 

妖怪といえば、その歴史も気が遠くなるほど長い、

概念もひとくくりにはできない。

数千年・諸説を、一気に飛ばして…

昭和・平成の妖怪の第一人者と言えば、

やはり、水木しげる氏の「ゲゲゲの鬼太郎」

以下一連の妖怪譚だろう。

水木氏は、敗色極まる南島で玉砕の地獄を見て、

片腕と引き換えに奇跡の帰還。

 

復員後、残った腕で、再び筆を執り始める…

 

凄惨な印象の濃い初期の作品…「墓場鬼太郎」は、

歳月を経るごとに、

水木氏生来のユーモアとオーラ溢れる妖怪…

「ゲゲゲの鬼太郎」へと昇華してゆく。

それは、帰還を果たせなかった同胞への、

鎮魂の念であったのだろう。

 

晩年、

「腕が三本、いや六本あればもっと描いた…」

と語っておられるが、

まさに、氏自身が、

ほかならぬ「妖怪」だったのだろうと思う。

 

 

さて、ひとさまを妖怪呼ばわりするなら、

自分のことも語らねばなるまい。

かく申すあたしも、妖怪の末座におります

裏山の崖が崩れて生き埋め…

幸か不幸か…掘り出されて右脚と引き換えに、

いのちを拾ぅた。

はぁ、思えば花も恥らふ十七歳の夏の終り

のことでございました。

 

田んぼの中の病院で二ヶ月。

中庭に咲くコスモスを眺めて、

風立ちぬいざ生きめやも…

こんなとき、意外と実感は希薄なもので、

ほとんど他人事の感であるが、

それでいて、まるで骨酒のように、

後から、あとから、じんわりと利いてきますの。

とめどなく…

 

汚れっちまった悲しみに 今日も小雪が降りかかる…

 

松葉杖を頼りに庭に出ようと待合室へと…

すると五歳ほどの小僧の奇声!

「あっ、一本脚だ!」…

あわてて母親が口を押さえたが、

しかと聞いたもんね。

あぁ、そうか、「唐傘の妖怪」というわけか、

ちょいと狼狽しながらも、

あの時、小僧のイガグリ頭に小さな「角」があるのを

見逃さなかった。

 

どうやら人の頭には、角があるらし。

その理由は…

善と悪は、「ひと」という家の同居人だから。

角の役割は、ひとの気が、悪に傾くとき引き戻し、

善にのぼせあがるときに、

程よい位置に戻し、そのひとを

「中庸に導くための帆柱」である。

そして、天からの「気」をこの角で受信する

「アンテナ」とでも言おうか。

 

あのときの小僧の角は、

いまだ健在なりや、いなや。

とうに還暦、過ぎたぁろうなぁ♪

無事に隠しおおせて、有象無象の世渡りを、

楽しんでおればうれしいなぁ。

ときおり、懐かしく、思い出すのでありました。

 

あ、また電話だ…

 

 

春の小鬼…裏あればこそ、表あり。表あるゆえに、裏あり。

材シナ/油彩着色/像高250粍