こんにちは、やっこです。

 

 

 

ナリ心理学を勉強していると、

 

ダイヤモンド💎

 

という定義が出てきます。

 

 

人は誰でも生まれたら、存在するから、存在していていい。

という意味で私は捉えています。

 

 

自分も、母親も、嫌いなアイツも、好きな子も、苦手な先生も、怖い上司も、叶姉妹も、犯罪者でさえも、

 

 

そこに居るから、在るから、

 

 

石ころもダイヤモンドも、

 

 

見えるし、触れる存在だから、

 

 

ぜーんぶ、ダイヤモンド💎だよ。

 

 

と、いう意味らしいのです。

#私の理解上です

 

 

ビジュアルイメージで言うと、

じゃなくて

 

とか

 

これ

 

のイメージが近いかと思う。

 

 

 

 

 

これ、自分の中に落とし込むのに、

 

 

物凄く

 

 

物凄く

 

 

物凄く

 

 

 

時間がかかった悲しい

 

 

 

 

 

大切な事を言われていると分かるのに、

 

 

 

 

何のこっちゃ、全然分からん知らんぷり

 

 

 

 

 

だった。

 

 

 

 

 

 

最初は、

 

 

ダイヤモンドって、宝石だから、

 

 

人はみんなピカピカ✨の宝物なんだよ飛び出すハート

 

 

っていう意味なのかと思った泣き笑い

 

 

 

だから、ナリ心理学のブログを読んでも読んでも腑に落ちない。。。

 

 

 

なーーーーんか、違うぞ真顔真顔真顔

 

 

 

って。

 

 

 

で、若い頃に独学で苦労(時間の無駄)した経験から、

 

 

こりゃー、誰かに体系立てて教えてもらいたい!

 

 

って思っていたら、

 

 

むねをさんが講師の「ダイヤモンド講座」が開催されるのを知り、

 

 

飛び込んでみた。

 

 

だから最初は、

 

 

 

ダイヤモンドって、どーゆー意味なんですか?

 

 

母親って書いてありますけど、私は父親問題なんですけど、

それ、どーゆー意味なんですか?私は違うケースじゃないですか?

 

 

クズクソって同じじゃ無いんですか?

#ナリ心理学では定義付けて別の意味で使い分けています

 

 

 

状態から受講した。

 

 

 

 

 

 

で、受講して何が分かったかと言うと、

 

 

 

 

 

 

何故私がすぐにはダイヤモンドの意味が理解出来なかったかの理由が分かった。

 

 

 

 

 

 

 

何故なら、私は、、、

 

 

 

 

 

 

 

 

特別になりたかったから昇天

 

 

 

 

私は誰かの特別な存在でいたいニコニコ

 

 

 

私は誰かの役に立ちたいニコニコ

 

 

 

私は世界に必要とされていたいニコニコ

 

 

 

私は求められていたいニコニコ

 

 

 

私は目立っていたいニコニコ

 

 

 

 

つまり、

 

 

 

他人と比べて、

 

 

秀でている特別な存在でありたいよだれ

 

 

 

ワンチャン神レベルぐらいの昇天

 

 

ワンチャンとは

#ほぼ期待できないが、もしかするとイケるかもしれないの意

 

 

 

と、無自覚に思っていた超傲慢真顔なヤツだったのである。

 

 

 

それは、母親をかわいそうな存在だと思って育ってきて、

 

 

母親に頼ってはいけない、弱くて頭の悪い母親は自分が守らなければと思ってきたから。

 

 

自分の居場所が欲しかったから存在理由が必要だったため。

 

 

私の場合は、長女で器用貧乏な高機能依存タイプであった。

 

 

「高い能力を持っていれば人に必要とされる」が染みついていたのだ。

 

 

それがもう、人間超えて神様になりたいレベルまで行ってしまった。。。チーン昇天

 

 

だから、ダイヤモンドなんて、ピンとこないわけさ。

 

 

自覚なんか出来ないわけさ。

 

 

だって、特別になりたかったんだもん。

 

 

 

なので、この、

ナリ心理学の大前提である、

ダイヤモンド💎という言葉も

定義も全然理解出来なかった。

 

 

 

私はダイヤモンド💎になったとしても、

 

 

他の人もダイヤモンド💎って、

 

 

どういうこと?

 

 

ダイヤモンドが沢山いたら、

 

 

私は嫌だ。

#私が目立たないから!

#駄々をこねるアラフィフ!

#ただの老害!

 

迷惑だから、

 

寝てろふとん1ふとん2ふとん3

 

って感じでした。

 

 

 

 

で同じ頃、スピリチュアル業界(業界てw)で有名な人の講座を受けて、神社参拝のしかたとか、なんか色々教わった。

そういうの初めてで、楽しかったし、テンション上がった。

 

けど、幽霊に取り付かれやすいんですとかいうガチな人も沢山いて

#いや、むしろ私が場違いな

 

私は霊感のレの字も無いと思っていたので、世の中にはスッゲー世界に居る人もいるんだなぁ、と驚いて、引いていた。

#疑心暗鬼の僕だからだった♪

#好きなのにバカにしててごめんなさい

 

 

 

でも、その時の講師の言葉にひっかかったワードがあった。

 

 

 

スピリチュアル能力は人間誰でも持ってる。誰でも出せる。

 

 

え、誰でも???

 

 

私、特別になりたいのに、、、

 

 

スーパーフルフラット理論だったのだ。

 

 

みんな出来ちゃうの??

 

 

えーーー真顔

さらにドン引きだったwww

#なんという心の狭さよ

 

 

 

え、人って、特別がいいんじゃないの?

 

 

たった1人、選ばれればいいんじゃないの?

 

 

初めは、違和感、そして嫌悪が起きた。

 

 

 

何か私が求めてるものと違うかも。

#出たよ、私に合わない論

 

 

そんな感想を抱いていた。

 

 

 

 

本当にごめんなさい。

オエーオエーオエーオエーオエーオエーオエーオエー

 

 

世界平和、人類平等、男女平等、黒柳徹子万歳、マザーテレサ素晴らしい、幼少期はユニセフ流行った、愛は地球を救う大流行、友達の友達はみんな友達だと憶えて、冷戦終焉、ベルリンの壁崩壊、民主主義国家は素晴らしい、他の人とは仲良くしよう、、、、、、、

#黒柳徹子さんも、マザーテレサさんも好きですよ

 

 

どの口が言う?泣き笑い

 

 

 

 

 

そして自分が「特別」を目指すことに捕われ続けていたもう一つの要素に、

 

 

いつも父親の声が聞こえていた。

 

 

 

 

「1番になれ」

 

 

 

 

 

それは、特別であれ。という呪い。

 

 

大人になってもそれは染みついていた。

 

 

バカだから、何かを選択する時、自然と思考に、

 

 

「これをやって、私に1番になれる可能性はあるかどうか」が判断基準だった。

 

 

なので、楽しくて始めた趣味や仕事すべてにおいて、

 

 

最初は楽しいのに、

 

 

だんだんその業界の事や自分の位置が見えてくると、

 

 

途中から、「あ、これは1番は無理かも」と気付くと、一気に苦しくなった。

 

 

ボクサーはいいなぁ、世界一になりました!って分かりやすくて。

 

 

と、本気で羨ましいと思った。(やらないけど)

 

 

 

苦しくなるし、1番にはなれなさそうだから、この趣味・仕事は私には向いてないんだ。悲しい

 

 

 

と、思ってた指差し

 

 

 

バカだなぁってつくづく思うわ。

 

 

 

これが、今は

 

 

 

ダイヤモンドとは、存在していい、誰でもダイヤモンドだ。

 

 

 

を、わかると、

 

 

 

私はこれやるのが好き、あの人もそれやるのが好き。

私はこれが好きで得意、でもレベルは普通、でも楽しいからやる。

あの人はこの中でも特にあれが凄いと思う、そこには尊敬する、あの人もそれを楽しんでるんだな。

#あれこれそれどれ?

 

と、思えるようになった。

 

 

 

それで楽になった。

 

 

 

だって好きなことを楽しめるんだから。

 

 

 

それってフツーのことなのに、軽く20年は彷徨い続けた。

 

 

 

それで、私はいま、たくさんの「好き」を洗いなおしてる。

 

 

 

砂金採掘みたいに、大量の砂から、金の粒を洗い出す作業は地道だ。

 

 

 

 

でも見つけた時が嬉しい。

 

 

 

何色が好きか(青です)、どの季節のどの気温の体感が好きか(5月のGWの晴天の風)、どの水が好きか(エビアン派)、

なんでもいいんだけど、自分の好きが自覚できると嬉しいよ。

 

 

それが全部、「ダイヤモンドを思い出す」の「ダイヤモンド」から繋がってるんだから、

 

 

面白いよね。

 

 

 

 

やっこ