2022年4月22日の記事。


この記事は私が

ナリ心理学認定心理アドバイザー講座7期を

受講する直前に書いたものです。



まだまだ非ダイヤだった頃の記事です。



このあと、7期を受講して

卒業ごろに母親問題から抜けました。


ここから、

約半年で仕上がりました。


それだけ、

講座と仲間の力を借りました。




わたしは1人ではサボるタイプだから。



固めてもらわないと無理だ!



と思い、その環境に飛び込みました。





これから

12月11日シン・1期募集開始!

を申し込むかどうか

迷っている人に

何かの足しになればいいなと思います。





加筆修正したいところ満載なのですが笑

あえて、このままで。

お楽しみください泣き笑い







ここから原文です看板持ち




こんにちは、やっこです。

ダイヤモンドを思い出したいアラフィフのローガンです。

#詳細はナリ心理学読んでw

 

 

注意:今日の記事は長いデス指差し

 

 

わたしの実親は、

両親とも健在でアラエイティーです。

#80前後て言え

 

 

あ、8〜14歳くらいの人はアラウンドテンになるのかな?

 

ラウンドワンみたいだな泣き笑い

 

心も真っ直ぐ投げて!!みたいな?泣き笑い

 

だっさ笑笑泣き笑い

 

 

 

 

 

ゴメン、脱線したニコニコ

 

 

 

 

わたしの親の世代、それは、

 

1940年 父親生まれる

 

1941年 日本の真珠湾攻撃等により太平洋戦争勃発

1943年 母親生まれ

1945年 日本への原子爆弾投下、第二次世界大戦終戦

 

太平洋戦争直前から真っ只中生まれ。

その辺の人達、基本だいたい非ダイヤモンドだと思っています。

 

とくにバクダンが落ちたり飛行機が飛ぶ地域、家族が戦争に駆り出されたりしているお家は、だいたい不安が渦巻いている。

そんな中でオギャーと生まれた赤さん。

生まれた途端、世界が不安。

 

うちの母親がまさにソレでした。

 

これは、昨年のナリ心理学ダイヤモンド講座のワーク中で、

母親の生い立ちを年表から追ってみるというのがあって、

それで初めて気付きました。

 

実際それまでは、能力が低くて、臆病で、可哀想な存在と思ってたし、

馬鹿にしてたし、守らなければならない存在と思っていたし、

なるべくかかわりたく無かったから、じっくり考えたく無かった。

 

 

でも、ワークなので仕方なく(オイ)やりました。

 

 

で、私、そういう調べる系は大好きなので、、、

 

 

やり出すと止まらなくて、年表作るの楽しかったニコニコ

 

 

 

 

 

 

 

本題に戻ろうキメてる

 

 

 

 

 

母親にも出生時の状況などをインタビュー(質問)した。

 

「突然なんなの?!びっくり」と怪しがられたが、

 

自分に興味を持ってもらえたら普通に嬉しいらしく

 

私の知らない母親の話がいろいろ聞けて、アンビリーバブルでした。

 

 

娘になって40年以上経ちますが、

 

初めて聞いたことばかりでした。

 

 

 

母親は、東京生まれですが、東京大空襲のほんのちょっと、前に生まれています。

 

 

戦火が厳しくなってきていたので、生まれてすぐに家族で埼玉に疎開したそうです。

 

 

そして、戦争が終わって東京に戻って来たら、

 

 

 

 

 

家を乗っ取られてた。

 

 

 

 

 

だそうだ。

 

 

 

 

朝ドラかよ泣き笑い泣き笑い泣き笑い

 

 

と思いました。

 

 

まぁ、他にも朝ドラみたいなネタは沢山あって、

 

母親の父はボンボンの道楽息子で、お人よし、

騙されて借金背負って、

家の財産を使い果たして会社も明け渡したとか、

長男は実は腹違いだったとか、

朝より昼か?みたいなドラマがいろいろあったみたいです。

 

揃いも揃ったピュア度100%非ダイヤモンド生産地、みたいな環境でした。

 

 

へーニコニコ

 

 

 

って感じですよね。

 

 

当然、赤さんの母親には当時の記憶はありませんから、

 

詳細なエピソードは、母親の母親や、周りの人達から聞かされたのでしょう。

 

本当に「乗っ取られた」かは不明ですが、

 

住む予定だったところに住めずに狭い家に不満があった家族だったことは想像できます。

 

そんな中でも母親は末っ子で甘えていれば何とか生きていけたから、

 

嫌だったけど親に花嫁修業しろと言われて裁縫や料理を習い、

 

嫌だったけど親に言われて会社をやめて、結婚しなきゃいけなかった。

 

自分が一番下の存在だったから、子供という生き物が苦手だったし、子供を持つことが怖かった。

 

 

 

ふむふむ登場人物の設定は理解した。

 

 

 

でも、それと、私の寂しさ、悲しさ、辛さの「感情」とは、全く関係ない。

 

 

 

 

カンケーないね!キメてる

by柴田恭兵

 

アブナイ刑事知ってる?

知らんか笑

 

 

と、最初は、全然思えなかった。

 

 

ああ、わかるよ、そんな状況だったから、

こんなに不安症なんだね、

だから「死」に異常に怯えるんだね、

かわいそうだな、、、

そんな人に怒りとか湧かないな、、、

困ったぞ、、、

 

まだ、バカにしてることに気付いてなかったwww

 

 

おまけに、ワークの中で、母親のエピソードを他の人とシェアして、

完全にオカシイ、サイコパスクレイジーガールだよ!!

とすごい素敵なあだなを付けてもらって、

面白かったから、わーいって喜んでたけど、

「でも、そこまで変な人じゃないしなぁ」

ってまだ思ってた。。。

 

 

私が高校生の頃、たわいもない会話の中で、

「結婚式で、子供はいらないよね?って言ったのよ笑」と楽しそうに娘の私に言ったんだけど、

その時は、唖然として、「この人、本当に人の気持ちが分からないバカなんだな。。。」と思ってたけど

 

その時の私が本当は「自分の存在が否定されて悲しかった」とは分からなかった。

 

高速で感情に蓋を出来る技を身につけてた。

そういうオモシロエピソードにしてしまっていた。

 

 

全然分からなくて、問題の原因は母親だって頭で理解しているつもりでも、

 

もう少しで尻尾がつかめそうになったりするところで

 

手を放してしまう。

 

 

怖くて怖くて、何がそんなに怖いのか、、、

 

 

「母親に愛されてないのを知るのが怖い」

 

 

 

それだけなのが分からなかった。

 

 

 

幼い頃に閉じ込めた怒りすら思い出せないから、その奥の悲しみに辿り着けなかった。

 

 

 

今もまだ辿り着けてないんだけどね。

 

 

 

ここまで分かるまでも、長かった。。。悲しい

 

 

 

蓋しまくってたからね。

 

 

 

自分の底にブラックボックスがあるのは知ってて、厳重な蓋をしてあることも気付いてた。

 

 

 

美術系の学校だったので、変な人が多くて、自傷行為楽しんでる友達とかもいて、

 

 

私ら、なんかの障害か、精神的に病んでるんだと思ってた。

 

 

草間彌生の自伝を読んで、私もこの人と同じ病気かもしれない。

 

 

そうだ、自分はきっと分裂症だと思ってた。

 

 

 

 

 

私が若い頃はまだ「うつ」という単語も無かったから、

 

 

オカシイ思考と異常行動な毎日を送っていたけど、それがそういうものだと知らなかった。

 

 

知らないし、精神病だから、仕方ないのかもしれない、、、と

 

 

逃げてた。

 

 

 

母親の城を崩すのが怖すぎて(本人には自覚が無い)、初めは父親から攻めた。

 

 

実は父親が原因だとずっと思っていたからだ。

 

 

父は、町内会でも会社でも保護者の間でも、目立ちまくる強烈な人で、

黒いものも白くする、白いものも黒くする、警察にも怒鳴る、娘にもキレる、

口癖は「男に負けるな」「1番になれ」「100点取れ」

「問題は無いか」「俺の言うことを聞いていればいい」

そういう強烈昭和親父キャラだった。

 

 

 

小学校の頃は何とか褒められたくて頑張っていた。

 

でも、テストで90点でも褒められず、リレーで2位だと1位じゃないのか、と言われて、心が腐っていった。

 

大好きな絵を描いていると、写生でも、抽象画でも、「マンガなんてくだらない」と否定された。

 

そのころ、外を歩いていると何故か「誰かに刺されるんじゃないか?」という不安がいつもあった。

 

だから、信号で待っているとき、後ろをしょっちゅう確認してた。

 

自分の考えていることが、マンガの吹き出しになって空中に浮いてる気がして、不安だった。

 

今思うと、刺したかったのは自分だったんだな。

 

思ったことを言っちゃダメだと思ってたんだな。

 

怒りを我慢しすぎてたんだな。。。

 

って、ただそれだけだったんだと分かる。

 

 

でも、父親は私にとって恐ろしい存在だったので、逆らうことが出来なかった。

 

大人になって、いくつになっても、父親のご機嫌を伺っている自分がいた。

 

認められたくて、違うと思うのに、自分が間違ってるのかもしれないと、自信が無くて

 

反対意見が瞬時に言えないでいた。

 

それを、去年は、やめた。

 

 

怒りを初めてぶつけてみた。

 

本気で怒鳴ったし、他人が見てる前で父親に感情のまま怒鳴りつけた。

 

父親は面食らって驚いてたが、負けず嫌いだから反抗して来たりして、

 

それでも負けずにやり返したりした。

 

初回は本当にドキドキした。緊張しまくった。

 

こんなことして、失望されるかもしれない、優しい娘じゃないと思われるかもしれない、

 

嫌われるかもしれない、もう楽しく話したり、穏やかな日が来ないかもしれない。。。

 

 

でも、何回かバトルして

 

 

私の発散が終わると、、、

 

 

 

 

 

 

いま、めっちゃ、おだやかwwニコニコ

 

 

 

 

ちなみに、

 

 

 

 

父親は何も変わってないww

 

 

 

 

あんなに本丸だと思ってたのに、

 

 

 

オマエじゃなかったんかーい!!!!指差し

 

 

 

という感想です。ええ。真顔真顔真顔

 

 

 

 

そして、母親の生い立ちを理解したところで、

 

 

私の問題は終わっていない。

 

 

 

だから、

 

母親の生い立ちなんて、カンケー無い。

 

 

 

て、ところまで来たよ。

 

 

今の自分の状態を書いてみました。

 

 

引き続き、がんばりまーす。

 

 

 

ここまで読んでくれた人、ありがとうございます。

お疲れさまでした。

 

 

 

甘いものでもどうぞ。

 

 

プリンはモロゾフ!!!

 

 

 

やっこよりニコニコ