こんにちは、やっこです。

感情を取り戻す修行中の者です。




昨日は、今年最後の満月でした。




スピリチュアル好きな私としては、


なにか特別な気持ちになることがあるかもしれない、


と、


喜びも悲しみも含めて、



何か気付きがあるんじゃないかと、



謎の期待を持っていました。









そうしたら、









朝一番に









我が家に飾ってある絵を描いた











アーティストさんが










亡くなったという知らせがありました。










うーーーん、それは予想外だった。










何度かお会いして、





作品も人柄も大好きな人でした。





抱えているものが大きいのは





私にわかる範囲で知ってましたが





それでも生きてきた人だったので





元気になってきた様子だったので





来年は会いたいなと思っていました。








とても悲しい

とても寂しい





沸いた感情は





それだけでした。






それだけをしっかり感じると






自然に泣きました。






人間て、シンプルに






悲しいと泣くんですね。






それから、



お知らせをくれた人に

コメントを返そうと頭で何か考え出すと、



スッ



と感情が逃げていくのを感じました。



あー、これか、




これをやっちゃいけないんだ。




これは今じゃない。




と、思い、考えるのをやめました。




“今は言葉が見つからないです。

ただ悲しいです。“




とお伝えして。






もう一度、感情を迎えに行きました。






思考が感情の邪魔をするんだな。






もっと言うと、







気付いたのは、







感情に後悔や怒りが入ってくると、







思考が動き出そうとすること。







一瞬、後悔をしようとしました。

無意識に、

故人に対して、

後悔することが

優しさだと思っていたんだと思います。



でも今回は



距離がある人だったので




余計なことはかんがえずに済んだ。




感情に、そんな念みたいなもの湧いてないのに





何か知らんが、理由を探し出そうとしてる脳がいる。




それに気付いた。





うっわ、何これ!?





そして現状を言語化すようとすると、






感情がシュ〜って小さくなる。






それじゃ泣けない訳だ。








悲しいときは




思考をやめて、感じる。




涙は悲しさに合わせて出てくる。





泣き方がちょっと分かった朝でした。








やっこより