私には自分の子供時代に、母に抱いてもらった記録がありません。
6つ年上の姉も同じでした。
愛されていなかったとは思いませんが、ただただ忙しかったのではないかと思います。

 私の生まれるずっと前から、家には地元の小学校の代々の校長先生が下宿をされていて食事は私たち家族と一緒でした。
校長先生の身の回りの世話、厳しい義父の商売の手伝い、家事、家の田畑の仕事等、ざっくり考えても今の私の何倍もの仕事量だったと想像します。
夜はよく休息を取るようにとの気遣いからか、寝るのは祖母と一緒でした。母恋しさに両親の寝室に忍び込むと、あまり歓迎されなかったように感じました。

 母に甘えて泣いて困らせた記憶もない替わりに、叱られた記憶もありません。母は当時を振り返り、かまってあげられなかったから叱ることなど申し訳なかったと言ってました。それほど困らせることもなかったのですが。


 そんな母に私が抱いてもらったのは、84歳で介護施設に入ってからです。
面会に行って、母がベッドから立ち上がろうとする時、転んだらいけないと私が両手を広げたら、母も両手を広げ、それから私を抱きました。
母に抱かれた記憶のない私は、初めての感触に体が固くなる感じでした。

 母が変わった❗そう思いました。
84歳頃から記憶障害で、新しいことが覚えられなくなり施設にお世話になることになったのですが、何回か通ううちに、担当の介護員の方が、○○さ~んと大きな声で母の名字を呼びながら母を抱いてくれているところを目にしました。
母は抱かれることが気持ちがいいと学習したのではないかと思いました。

 何を話しても記憶に残らなくなってしまったのに、体に感じる快感は記憶できるということなのか、、と感無量でした。
言葉での情報が記憶できなければ、自分の置かれた場所・周囲の人・諸々の生活環境の情報が理解できず、どんなにか不安だろうと心配でしたが、職員さんの配慮を有り難く思いました。会いに幾度に、職員さんにはよくしてもらってる、ただ家に帰りたいと訴えるのでした。


 自分がこんな中年になってから、しかも母自身が介護を受けるようになってから私を抱いてくれるようになるなんて。

それから私は母に触れるのが楽しく、触らせてくれて有り難う😆💕✨と思いながら接しました。老いても、力弱くなっても母は母です。


 もう今は触れることができません。
母の柔らかな感触は少しも薄れることがなく、恋しく思います。


 
 寂しいという気持ちもありますし『泰かさ』は、もしかしたら親が亡くなると余り感じることが出来ないのではないかと思う今日この頃です。

 

  今日は甘えん坊の末っ子のぼやきを書いてしまいました。

最後までお読みいただいて有り難うございました😆