最近芥川賞受賞の「おらおらでひとりいぐも」若竹千佐子著を文藝春秋(三月特別号)で読み終えた。
文章のほとんどが主人公の桃子さんの東北弁の独り言で、読みはじめはこれが小説なのかという主人公を遠巻きに眺めるような冷めた自分だった。
 が、やがて桃子さんの物語る世界にどっぷり浸かり、夫を亡くして失意のどん底でもがき苦しむ桃子さんに同情して応援していた。

 人は苦しみのどん底でも、笑うことができるのだ。なんという底力が備わっていることか。誰もがそうなれるというわけではないかもしれないが、桃子さんがそのことに気がついたときの語りが、私にとって、最も印象深い部分だ。

(455頁下段から引用 始まり)
 何にも、何にもながったじゃい。亭主に早く死なれるは、子供らとは疎遠だは、こんなに寂しい秋の日になるとは思わねがった。
 さばさばとした答えだった。不意に腹の底から笑いが込み上げた。
(引用終わり)

 桃子さんは一番輝いていたときはいつだったのだろうと考え、夫との出会いや子育てに懸命の頃ではなく、夫が亡くなってからのあとの数年こそ自分が一番かがやいていた時ではなかったかと思い至る。

 (456頁下段から 引用始まり)
平板な桃子さんの人生で一番つらく悲しかったあのときが一番強く濃く色彩をなしている。
 (引用 終わり)

夫あっての妻、子供がいるから母としての役割があり、過去現在未来、自分の日常は身近なひととの関係のなかで生活が成り立ってくる。その関係が消えたとき、自分を見失ってしまう。
 いったい自分は何をすればよいのだろうかと。
そこであらためて自分を見つめることになる。
母の胎内から生まれて初めて立ち上がったときのように、新たな自己の誕生だ。

桃子さんからこぼれた笑みは、無 を受け入れた人が、そこから立ち直れた人の、精神再生の悦びみたいなものではないかと感じた。

無 を感じると同時に、苦しみのもとであった周囲のすべてのものが逆に桃子さんを勇気づけるものに変わったのではないだろうか。
だから濃い色彩をなしているのでは、、と思う。

受賞者インタビュー記事の中に、「孤独だけど自由な おばあさんの哲学 を書きたい」とある。

ここ数年のわたしのテーマにも触れる。両親を見送ってから、これからは自分の終わりかたを考えることができると思った。
老いることは、体力・知力・気力の衰退に伴い、社会への参加の減少・感性の衰え、、とマイナス面の言葉が次々と浮かぶが、それを補うことが思い浮かんでも実践の一つひとつがなかなか気力と体力を要するようだ。

 ここで、ヘミングウエイの小説「老人と海」のサンチャゴ老人の生き方が、あるメッセージを語りかけているように感じられてくる。
長期間の不漁で、漁師仲間の軽視にめげず再び大海原に向かう。
 巨大マカジキとの格闘の結果捕獲はしたが、港に帰るまでにサメに襲われ骨だけが彼の実績を物語る結果となった。



サンチャゴ老人の不屈の精神だけが残った、、ということ。
体力や気力あるうちはなかなか人は諦められないものなのだと思います。たとえ、以前のような結果や実績を残せなくても、人生を諦めてはいけないように思います。

 自分よりも、後に残された人のために、自分を生ききる勇気を少しでも持ち続けたいものだと思うのです。

実家の父が、亡くなる約一年前に介護施設から自宅へ戻ったときのことです。
自分の畑から帰るのに、私が普通に歩いて5分かかる距離を30分くらいかけて自力で歩きました。支えようとする私を何度も振り払いながら。時には両手を着きながら、、、。自分の体力の有らん限りを尽くして守り抜いた土地はどんなにか尊いのでしょう。
そんな父がサンチャゴ老人と重なり、この小説は私にとって 気になる小説です。

最後までお読みいただき有り難うございました。

暑い日々が続きます。

連日西日本災害の復興状況をTVで見ていますが、とても大変な状況ですね。
西日本災害に遭われた方々が、少しでも早くもとの生活に戻れますよう、こころよりお祈り申し上げます。
ご家族、ご友人を無くされた方々にはほんとうにこころが痛みます。お亡くなりになられた方々のご冥福をお祈り申し上げます。