3月9日付の朝日新聞の「声」欄に、71歳の女性の「原発再稼働 体許す限り反対」という投書が掲載されていました。
親の世代が先の戦争を止められなかったことを反省する意味でも「原発再稼働反対」の運動に関わっていたいと、初めて関西電力神戸支店前に行かれた経験とともに書かれていました。私も命ある限り戦争にも原発にも反対していきたい。寝ていても、動けなくとも方法はあるはず。
3月9日付の朝日新聞の俳壇、歌壇より気になった句や歌を紹介します。
◆朝日俳壇
◇ふりむかず先へ急げど春愁(松阪市・奥俊:金子兜太選)
脇見をしているから愁るのかと思っていましたが、そうでもないようです。
◇朝寝して九十歳を恥ぢにけり(宇都宮市・酒井晃:長谷川櫂選)
九十歳にもなれば、朝寝も憚られるということか。
◆朝日歌壇
◇夕暮れのカーブミラー一枚に来た道の闇 先の夕焼け(諌早市・藤山増昭:永田和宏選)
車の運転をしないし同乗させてもらうこともほとんどないが、山道を自転車で走っていて見かけたような景色。
◇この鍋も何か文句あるらしいいつもここから噴き出してくる(富士見市・高橋美代子:永田和宏選)
いつも同じ箇所から噴きこぼれる鍋。料理をする「私」に何か伝えたいことがあるのだろうか。
◇遺児われを育ててくれし祖父母の家廃虚となれど思いは温し(飯田市・草田礼子:馬場あき子選)
養育してくれた祖父母と住んだうちが無住になり廃屋となっていく。見るに忍びないが光景だが、祖父母への思いが暖か。
◇雪の時期電気灯油の支払いにもらう年金半分消える(新潟県・涌井武徳:高野公彦選)
選者によると、作者の住まいは津南町とのこと。暖房費に屋根の雪下ろしにと経費も嵩むのだろうが、年金の半分とはひどいこと。
◇ふるさとの限界集落あはれむか猪(しし)転入し夜ごと畑鋤く(今治市・藤原守幸:高野公彦選)
限界集落という名称にもドキッとするが、大雑把には65際以上の人が50%以上の集落を指すそう。やがて消えて無くなる集落だそうだ。そんな集落で毎夜、畑を鋤いてくれる者がおるらし。
限界集落以外に私の気になるのは耕作放棄地です。国の減反政策の成れの果てのように見えてしょうがない。農山村も国により棄てられた国民と言えるだろう。
◆震災詠
俳壇、歌壇の掲載されているページに「うたをよむ」という囲み記事があります。今回は高野ムツオさんの「震災詠の現在」という記事でした。その中に宇多喜代子さんの《いつの世の棄民か棄牛か斑雪》が紹介されていました。
そして、下記のように評されています。
「(略)これは福島原発事故のため野生化せざるを得なかった放れ牛ということになる。『明日』とは、切迫した待ったなしの時間なのである。
福島の放れ牛と牛飼いのドキュメンタリー『牛と土』を著した眞並恭介は、土が育てた草を食べ育ち、やがて土に帰る牛は『大地』そのものだと述べている。
それに倣うなら、その命を頂きながら、牛を見殺しにした人間は、自分たちが生きる大地自体を滅ぼしたことになる。この句には、そうした回復不能な現実を作り上げた人間への無言の糾弾がこもっている。」
この句を読んで、「原発さえ無ければ•••」と小屋の壁に書き残して自殺した相馬市の酪農家のことが浮かびました。
東電や政府には事故の重大性も国土を穢したとの意識もないのでしょう。