久しぶりの投稿になります🌿


約2か月、投稿が空いてしまいましたが、またこうして言葉を綴れる時間が

戻ってきました🌿


お読みいただけたら嬉しいです🌿🌿🌿


2025年は、私にとって
家族とともに、食べることの大切さを改めて学んだ一年でした🍚


私は四人兄弟の、上から三番目です🌿
年明け早々、長女が風邪をきっかけに体調を崩しました🌿


少しでも力になれたらと思い、
体を温め、回復を助ける食事を考え、
無理なく作れるものを選びながら、
約二か月間、定期的に実家へ通い、料理を作りました🌿


特別なことをしたわけではありません。
けれど、食事を重ねるうちに、少しずつ表情がやわらぎ、体調も落ち着き、

やがて回復していきました🌿


その姿を見ながら、
「食べることは、思っている以上に人を支えている」
そんなことを、静かに感じていました🌿

 


鶏肉の野菜汁



次に起きたのは、6月の終わり、兄のことでした🍀


ある日突然、両目が見えなくなったと聞き、近くに住んでいなかった私は、ただ驚くばかりでした🍀

 

姉から連絡を受けたあと、
兄本人から、紹介状のある病院を受診したいので、予約をして欲しいと🏥

 

翌日すぐに兄の家へ行き、病院へ連絡しました🍀


最初は「予約は来週以降になります」と言われましたが、状況を伝えると、
「それなら明日すぐに来てください」との返事でした🍀

 

その後、二か月の間に二度の手術を受け、兄は短期入院を繰り返しました🍀


一人暮らしだったため、
夜は友人宅に泊めてもらい、
日中は自宅へ戻る生活を続けていたようです🍀

 

この間、兄の体力が落ちないように、
そして唯一の楽しみでもある食事の時間を大切にしたいと思い、
衛生管理に気を配りながら、
定期的に作り置きの食事を持って通いました🍀


作り置き料理


兄は地元に住んでいたため、
他の兄弟や、甥や姪たちにも支えられながら、9月頃には日常生活を少しずつ

取り戻し、車の運転もできるようになりました🍀

 

まだ完全な回復ではありませんが、
本人の気力と体力を信じ、家族でできることを続けてきました🍀

 

その時間の中で、私は改めて、
食べることが、人の力を支えている
ということを実感しました🌿

 

こうした出来事を経験して、
ふと重なった記憶があります🌿


それは、祖母と暮らしていた頃の食卓です。🍚

祖母は98歳まで、大きな病気をすることなく生き抜きました🌿


亡くなる前に短い入院はありましたが、
それまでの日々は、とても穏やかでした🌿


季節に合わせて食べることを、
ごく自然に続けていました🌿


薬膳を学ぶようになってから、
あの頃の祖母の食卓を思い返すと、
薬膳で大切にしている考え方と
重なる部分がたくさんあることに気づきました🌿

 

体調を崩したとき、人は、食べることで少しずつ力を取り戻していきます🌿


それは栄養が満たされるだけでなく、心を支えてくれるからなのかもしれません🌿

 

食べることは、
特別な健康法ではなく、毎日の中に

ある、小さな養生🌿

 

この感覚を、きちんと自分の言葉で理解したいと思ったことが、私が薬膳を学び続けている理由のひとつです🌿

 

その時間の中で、私は改めて、
食べることが、人の力を支えている
ということを実感しました🌿

 

祖母は、難しい言葉は使いませんでした。🌿


けれど、よく口にしていた言葉があります🌿


「食べ力が大事よ」

体調がすぐれないときも、
年を重ねてからも、
祖母は「ちゃんと食べられているか」を
何より気にしていました🌿


今思えば、
祖母の言っていた「食べ力」とは、
たくさん食べることでも、
栄養を計算することでもなく、
生きる力そのものだったのかもしれません🌿

 

 

薬膳を学ぶ中で、「食べることは、気力や体力を養うこと」と教わったとき、祖母のこの言葉が、ふと重なりました🌿


祖母は薬膳を学んでいたわけではありません🌿


けれど、暮らしの中で、とても大切な

ことを、自然に伝えてくれていたのだと思います🌿

 

食べることは、
からだをつくるだけでなく、
明日を迎える力を、そっと支えてくれるもの🌿


祖母の言葉「食べ力」は、
今も、私の中で生き続けています。

 

「ちゃんと食べられる=ちゃんと生きる力がある」

 

最後に、2025年の半ば、口から食事をとることが難しくなった義理の母は、
同年12月、年の暮れに旅立ちました🌼


家族とともに過ごした日々を、今も静かに思い返しています✨️


食べることは、生きる力そのもの🌿
この一年の経験が、あらためてそのことを教えてくれました🌿