こんばんは(^^)
去年の今日叔母に息子くんを
会わせてあげられてから1年が
経ちました。
もう1年なんて本当に
早かった。
お伝えするのが凄く遅く
なってしまいましたが
8月に叔母が亡くなりました。
亡くなる3日前に肺からの
出血が多くなりかなり厳しい
状態ですと言われました。
亡くなる2日前に面会出来て
いつもより握る手が力強くて
じっと顔を見ているのが多
かった。帰りもまた来るね!
って手を振ったんですが
見えなくなるまでずっと
手を振ってくれてました。
面会後主治医の先生からの
お話があってあまりよく
ない状態で急変があるかも
しれないって2月に急変した
時みたいに持ち直してくれ
れはいいけどかなり厳しい
から覚悟はしておいてね
って毎月撮ってるレントゲン
写真見せてくれました。
最初入院した病院の主治医の
先生がレントゲン見せてくれて
わかりやすく説明してくれたので
転院先でのレントゲン写真が
あまりよくない状態って私にも
わかりました。
本人は手を振ったりみんなに
愛想してるけど相当辛いはず
だよって…。
息子くんにすぐ連絡して何時でも
いいから電話くださいって留守電
にいれてずっと連絡待ってました。
遅くなってごめんねとその日の
うちに連絡くれました。
先生からの説明を話しました。
無理なのわかってるけれど
来てくれる事出来ないかな
って言いました。
息子くん今新しいプロジェクト
任されて責任者になってるから
何かあったら自分に電話来るし
駆けつけなくちゃいけないから
無理9月と10月はそのプロジェクト
の事で海外出張もあるからどうして
も無理だって今の仕事大事だし
今の家族大事だから無理かなって
私ね仕事大事なのも今の家族が
大事なのは当然だし間違えて
ないよって伝えました。
投げだして来てと言ってるわけ
じゃなく少しだけ時間作って
もらえないかなってちょっと
嫌な言い方と思ったけどみんないつか
死んじゃうんだよ話したいとか会いた
いって思っても出来ないんだよって
息子くんちょっと黙っちゃって
こんな言い方してごめんねって
思いました。でも時間がないから
会わせてあげたかったし会って
欲しかったんです。
でもね出張行っても連絡つくように
しておくからって言ってくれました。
2月に会いに来てくれた時に
迷いなくお母さんに掛けよって
手を握りしめてた姿が息子くん
の本当の姿なのわかってたから
誰よりも優しいのも小さな頃
から見てきて知ってるから
いつも気づけばそばに来て
手伝ってくれたり重い荷物
持ってたら黙って持ってくれたり
階段長くてちょっときついなと
上るペース落ちたらさりげなく
手を引っ張ってくれたり家を
出るまでいつもお母さんを1番に
考え大切にしていた事も
2月に来て本当に病気の事わかって
少し心のわだかまりが取れて
北海道に来る事も住んでいた
場所に来る事もずっと嫌だった
けれど2月に会いに来てから嫌じゃ
なくなったって話してくれました。
思う気持ちあるから来てくれたん
でしょ男だから素直に言えないん
でしょって言ったらどうなんだろうね
って言ってました。
俺変わった?って聞かれたから
何ひとつ変わらない人はいないよ
って言ったらそうだよねって
でもね優しいところはずっと
変わってないよって伝えました。
だって私が反対の立場だったら
しつこい連絡しないでって思うから
って言ったら笑ってました。
yちゃん(息子くん)これからも
ずっと優しさなくさないでねって
言ったらうんって答えてくれました。
2日後朝息子くんのお姉ちゃんから
危篤だからと連絡もらって急いで
行きましたが間に合わなかった。
看護師さんにジュース飲ませて
もらって看護師さんの言うことに
頷いていて本人は少し眠ろうかな
って感じだったみたいで苦しまな
かったんですよって話してくれました。
息子くんに連絡してたんだけど
留守電だったのでメッセージ
入れてから30分位してから
連絡くれて葬儀の日程決まったら
行くから連絡ほしいって言って
くれました。
お盆だからチケット取りにくい
から取れ次第連絡するねって
伝えてくるました。
みんなは自分の親なんだから当たり前
だし子供なんだから当たり前って
言うけれど私は親だから子供だから
当たり前じゃないって思うの。
上手く説明出来ないけど
人それぞれ考え方違うから仕方が
ないし何が違って何が良いとか
じゃなく当たり前の事なんて
ひとつもないって思うから。
お母さん眠ってるみたいでしょう
って言ったらうんってお母さんの
顔撫でてあげてました。
もう一度会わせてあげたかった。
私の力不足ごめんね。
最後に息子くんが来てくれて
1番の宝物持って旅立つ事が
出来たから叔母は幸せだった
って思います。
yちゃんありがとう。
2月に息子くんが会いに来てくれて
から叔母の肺が一時期回復して
真っ白だった肺が黒くなって
いました。先生の説明とレントゲン
写真見て私えって見直してしたら
先生があれ日付間違えたかないや
間違えてないねって
その事息子くんに伝えました。
どんな物よりどんな事より誰よりも
yちゃんが1番の薬だったんだよって
息子くんうんって頷いていました。
親子だから許せなかったのかも
しれないでもね間違いなくyちゃん
はお母さんに愛されて育つたんだよ。
帰りちゃんとお別れ出来て来て
良かったありがとうって言って
くれました。
私もいろんな思い気持ちの中
お母さんが亡くなるまで
寄り添ってくれてありがとう
って伝えました。
yちゃんずっと寄り添ってくれて
本当にありがとう。
感謝の気持ちでいっぱいです(人 •͈ᴗ•͈)
泣き虫だったyちゃん強くなったね。
守る人が出来て本当のyちゃんを
わかってくれる人に出会えて
良かった。今幸せですって伝えて
くれて嬉しかったです(*´ω`*)
今だから言うけど
私は家出る前はいつも彼女が
違っていたから心配でした。
私には考えられない感覚だった
から>.<
本当の自分をわかってくれる
奥さん大切にしてね。
身体に気をつけて仕事
頑張ってねᕦʕ •ᴥ•ʔᕤ
yちゃんの活躍陰ながら応援してます。
たくさんの優しい気持ち
ありがとう!
シマリスのたくさんのひとりごと
読んでくださりありがとうございました🤗











みんなが笑顔でいられますように☺️
いつもありがとう(^^)
