前回からの続きです。
思い出話にお付き合い頂きありがとうございます(^.^)(-.-)(__)
我々の世代、
女子は学歴などたいして求められず。
お勤めは結婚までの腰掛け。
理想は寿退社。
子どもを育てるのはお母さん。外で稼ぐのはお父さん。
良い悪いは別としてまだまだそんな時代でした。
赤ちゃんを授かったという理由で仕事は退職。子育てに専念。
YONもその事にさして疑問も持ってなかったように思います。
子どもたちは可愛かったし子どもが生まれて引っ越しした田舎ニュータウンのマンションで同世代の同じような専業主婦子育てママさんたちとも仲良くなりワイワイ楽しく過ごしていたと思います。
見栄を張り合うような間柄でもなく節約しながら皆で子育て。手作りクリスマスパーティーしたりキャンプに行ったり。
今考えたら子育てで忙しいと言っても一番呑気にのんびり過ごしていた日々かもしれません。
子育ても一段落した頃、最寄の駅前にスポーツクラブが出来ることになりました。やっぱり身体を動かす事が好きだったので話を聞いてワクワク大喜び。
実家の協力もありパートの仕事も始めた頃です。
会費を捻出してこちらも久しく運動していないKOHちゃんも一緒に入会。
スポーツクラブで久しぶりに身体を動かすのはとっても楽しい時間でした。育児や家事からも解放される自分の時間でもありました。
エアロビクスや筋トレクラスに混じってダンスのスタジオプログラムもありました。
ダンス、、受けてみたいなあ。
受けたいレッスンは夜遅い時間でしたがKOHちゃんが帰ったら子どもをみてくれると言うのでダンスのクラスにも参加することに。
なんと言うかジャズダンスにヒップホップの要素も入ったような振り付けをされるインストラクターさんのクラスです。
ノリが良くて盛り上げ上手。子どもがいるとは思えないスタイル抜群の先生。毎週のレッスンがとても楽しみになりました。
そしてその時は自分で自分の事を
私はダンスに向いてる!ダンス結構いけてる!
なーんて思ってたんですよねー笑
その頃のスポーツクラブはまだ通う人の年齢層も若くてイントラさんやスタッフとの距離も近く皆で盛り上がってるといった雰囲気があったと思います。
ママさんメンバーの我々だってまだ30歳過ぎたくらい。○○君のおばちゃんー!なんて言われてたけど今考えたらホント若いおばちゃんです。まだまだ好奇心やエネルギーあるお年頃。
ある時受けているエアロビレッスンのインストラクターの女の子の出演するどこかの団体の発表会を見に行くことになりました。
チケットノルマがあったんだと思います。
可愛いカッコいい年下イントラちゃんに協力する気持ちと久しぶりに舞台を見に行けるーとでテンションも上がります。
舞台は華やかでキラキラしてて出演者は皆生き生き輝いて見えました。
そしてエアロビはじめ色々な演目のあるなかダンスの演目もありました。その頃少し見かけるようになったストリートダンスのようなものもありました。
その時
その舞台を見て
強く心が動きました。
揺さぶられると言うかなんと言うか、、
私も踊りたい。
私は踊りたい。
楽しい学生やOLの習い事だったり主婦の息抜きだったりのダンスだったのですが何かが自分のなかに芽生えたんだと思います。
どうしてももっと踊りたいまた踊りたい気持ちがつのりダンスの専門スタジオに行きたくなりました。
少し遠い街まで時間とお金を工面して通う決意をしました。
決意!なんて大袈裟だけど子持ち主婦には決意!だったように思います。
それがある意味本当の始まりだったように思います。
もっと踊りたい!ってハッキリ思ってからは
どんどん
自分は向いてないなー
下手くそ過ぎる
出来ない事だらけ、、
と自己評価は下がるばかり。
当たり前です。
上には上がいます。
経験が少しあったと言ってもまさに腰掛けダンス。
スポーツクラブのレッスンで一列目に陣取ってもしれたレベル。
そしていつも
今さらな年齢
にコンプレックスがありました。
子持ち主婦の謎の向上心とコンプレックス。
でも
踊りたい気持ち
もっと上手くなりたい気持ち
もっと知りたい気持ち
がずっと無くならなかったんですよねー
思い出すと長くなり過ぎます。
なのであと簡単に、、
それから
その後どんどんストリートダンスにはまり
地元の友達と子ども達とこんなダンスやりたいね!と盛り上がりちょっとしたサークルをたちあげました。
当時はかなり珍しかったストリート系の子ども向けのレッスン。
最初に指導をお願いして来て貰ったスタイル抜群イントラさんの手伝いをしてるうちにYON 自身も振り付けをしたり、クラスを受け持つようになりました。
せっかく練習したんだからと発表会まで企画。
素人企画ながらこれが大当たりでした。珍しさもあったのでしょう。メンバーは毎年どんどん増えていきました。
そしてサークルは教室に。
最初に習った先生の言っていた
「いいでしょ?」
の意味は今度は自分が人に伝えたり人から引き出したりしたいものになりました。
それは伝わったようにも、追いかけても追いかけても叶わなかったようにも思いました。
団体の主宰として過ごした間には色々な思い出があります。
そして3年前に全て団体の事は引退しました。
当時教室に来てくれていた子ども達。ダンスの道に進んだ子ども達が大人になり輪が広がり引き継いでくれています。
今年も無事発表会が開催されました。
27回目の発表会。
中には親子2代目の生徒さんも、、、!
繋がって続いてるごとに感謝する気持ち。
そして
一生懸命だった時間を思い出すちょっと切ない時間。
なにも分からず言われるがまま踊ってた頃も、夢中になり頑張ったことも、コンプレックス抱え右往左往しながらも充実していた日々も。
今は全て有難い時間だったと思います。
10年くらい前。
最初に習った先生に手紙を書きました。
長らく連絡も途絶えていた先生の親戚の同級生じゅんちゃんと同窓会で会えることがわかったのです。
これはチャンスと思いました。
ダンスを最初に教えてくれたお礼と私が今ダンスのインストラクターをしている事を伝えたかったのです。
ちょっとしたプレゼントと一緒にじゅんちゃんに託けました。
じゅんちゃんは手紙喜んでたよ
と言ってくれました。
その後先生は70歳近くまで指導を続け、引退され間もなくご病気で亡くなられたと聞きました。
もしかしたらご病気がきっかけで引退されたのかもしれません。
大昔の沢山いた生徒の1人。大して本気でも優秀でもなかった。覚えてくれていたかどうかははわかりません。
でもあの時せめて手紙でお礼を伝えることが出来て良かったと思いました。
客席から観る27年目の発表会。
ダンサーから沢山のエネルギーを受け取る時間。
今もささやかながら続けている仕事があります。
もう少し頑張ろう。頑張りたいな。
それがどこかに辿り着くのか?つかないのか?
それを楽しみにして。
思い出長話にお付き合い下さりありがとうございました![]()
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