イランの安価で大量生産可能なドローン攻撃に対し、米国は高価な迎撃ミサイルを驚異的なペースで消費している。米軍の兵器備蓄量が枯渇していく様子を見てほくそ笑んでいるのは、台湾侵攻をうかがう中国とNATOを狙うロシアだ──元米海軍パイロットで国防アナリストのブリン・タネヒル氏の分析をクーリエ・ジャポンの記事からご紹介します。
イランの激安ドローンが米軍のミサイルを食い尽くす 最後に笑うのは中露
「斬首作戦」成功の代償
米国のイランに対する最初の空爆は、戦術・作戦レベルでは成功を収めたといえる。米軍はイラン国内の1700ヵ所の標的を攻撃し、米側の死者はわずか6人にとどまった。イランの指導部は機能不全に陥り、最高指導者アリ・ハメネイ師を含む数十人の幹部が殺害された。
だが、こうした短期的な戦果には代償が伴う。戦略的な全体像はいまだ不透明なままだ。米国とイスラエルは、貴重で高価な兵器をすさまじいペースで消費しつつある。この損耗を世界の安全保障が脅かされる前に急ピッチで補充するのは不可能だ。
中東から遠く離れたところでは、ロシアと中国というイランよりはるかに手強い敵対国が、米国の予備戦力を品定めしている。もし両国が「西側諸国は迎撃ミサイルを使い果たした」と判断すれば、ロシアはNATOへの攻勢を強め、中国は台湾に攻め入るかもしれない。
戦場で特に需要が高いのは2種類のミサイルだ。パトリオットなどの迎撃ミサイルは、敵のミサイルやドローンを撃墜するために設計されている。トマホーク巡航ミサイルなどの攻撃兵器は、地上の標的を破壊するためのものだ。
どちらも不足しているが、迎撃ミサイルの状況はとりわけ深刻である。数週間で備蓄が底をつく可能性も
米軍で最も需要が高い迎撃ミサイルは、短・中距離弾道ミサイルの迎撃に優れるTHAAD(サード:高高度防衛ミサイルシステム)と、THAADよりやや安価で数も多いパトリオットだ。2025年夏にイスラエルとイランが戦った「12日間戦争」では、米軍はイスラエル防衛のためにTHAADの在庫の約4分の1を消費した。
THAADミサイル1発のコストは1280万ドル(約20億円)以上で、米国の防衛企業が年間に生産できるのは96発にすぎない。トランプ政権は年間400発への生産増強に向けた資金を確保しているが、その実現には最長7年かかる見込みだ。
今後数週間で、過去1年間に備蓄したTHAADの3分の1以上を使い切る事態も充分に考えられる。
パトリオットの状況も似たようなものだ。2023年、米国のパトリオット年間生産数は約370発だった。需要に対して生産が追いつかない状況が長年続いていたところに、ロシアによるウクライナ侵攻で需要は急増した。
米国は生産を拡大し、2024年には約500発を生産、2027年までには年間約650発の生産が見込まれる。1発あたりのコストは約500万ドル(約8億円)だ。
しかし生産が増えても、2025年時点でのパトリオット保有数は米国防総省が必要とする水準の25%にすぎないと、英紙「ガーディアン」は報じている。
イランの激安ドローン「シャヘド136」とは
一方、イランのミサイルとドローンは安価で数も豊富だ。
イスラエル側の推計によれば、イランは今回の戦争開始時点で約2500発の弾道ミサイルを保有しており、毎月「数百発」を生産できる能力があり、最終的には月産1000発近くへの引き上げを目指しているという。
米紙「ニューヨーク・タイムズ」は、その生産数を月「数十発」と見積もるが、それでもいまの米国のTHAAD生産数を大幅に上回る。
ある専門家の試算では、イランの弾道ミサイル1発の製造コストは約100万〜200万ドル(約1億6000万〜3億2000万円)で済む。そのうえ、この弾道ミサイル1発を撃墜するのに、米国はパトリオットを2〜3発必要とする場合も多い。
さらにイランはロシアとともに、「シャヘド136」と呼ばれる自爆ドローンを月に5000〜6000機のペースで製造している。その多くはロシアがウクライナで使用するためのものだが、1機あたりのコストは最安で5万ドル(約800万円)ほどだ。
これらは近年、イランが米国とその同盟国に対して発射した兵器の大部分を占める。防空網を飽和状態に陥れ、迎撃ミサイルの在庫を枯渇させるのが狙いだ。
トマホーク使用は「もったいない」
つまり米国は、迎撃に使う兵器よりもコストが安く、製造時間も短い標的を破壊するために、貴重な資源を浪費しているのだ。
イランはといえば、大量の兵器を投入するリスクははるかに小さい。先述の12日間戦争では550発の弾道ミサイルを発射し、1000機以上のドローンをイスラエルに向けて飛ばした。
今回の戦争では開戦から48時間で、アラブ首長国連邦(UAE)に186発のミサイルと812機のドローンを撃ち込み、さらに周辺9ヵ国も攻撃対象にした。
米軍も現状のまま兵器を消耗していけば、いずれ立ち行かなくなることは充分認識している。ゆえにイスラエルと米国の双方が、イランの弾道ミサイル発射台の破壊を最優先課題に掲げている。
発射できないミサイルには、THAADもパトリオットも使わずに済むという論理だ。ニューヨーク・タイムズによれば、イスラエル当局はイランのミサイル発射台の50%を破壊したと推計している。
これはイランの発射ペースを確実に落とすことになるだろう。とはいえイランがまだ保有し、いずれ使用するであろう弾道ミサイルの総数を減らすことには、ほとんどつながらない。
次は、トマホークをはじめとする米軍の長距離精密誘導兵器をめぐる問題だ。これらは、イランよりはるかに近代的で高機能な防空システムを持つ敵との戦闘を想定して設計されたものだ。1発あたり約220万ドル(約3億5000万円)で、生産量は比較的少ない。
その意味では、今回の作戦域での使用は「もったいない」といえる。制裁によって弱体化し、先の12日間戦争でも叩きのめされたイランの防空網は、もっと安価な兵器でも充分に突破できるからだ。だが初期の報告によれば、米軍艦はトマホークの一斉射撃で作戦を開始したという。
米軍のドローンは「使いものにならない」
こうしたコスト不均衡問題に対する米軍の解決策の一つが、シャヘド136の模倣型ともいえるドローン「LUCAS」だ。1機あたり3万5000〜4万ドル(約560万〜640万円)ほどで、シャヘドに近いコスト競争力を持つ。
ただし生産はまだ立ち上げ段階にあるほか、主に陸上から運用される設計のため、海軍は依然としてトマホークに頼らざるを得ない。
ドナルド・トランプ大統領は、この戦闘が1ヵ月以上続く可能性もあると語っている。米メディア「ブルームバーグ」によれば、現在の発射ペースが続けば、米軍の迎撃ミサイルは近いうちに底をつくおそれがある。
湾岸の同盟国は米国に追加の軍事支援を緊急要請しているが、米国自身が切迫しているため、要請を無視しているとの報道も出てきた。
一方のイランは、発射台が破壊され在庫も消耗しつつあることから、その攻撃の手は多少和らいではきている。だがシャヘドは構造がきわめてシンプルなため、イランはほぼ無限に少量ずつ製造・発射し続けられるだろう。
台湾侵攻の「Xデー」が早まる
米国にとって今回の戦争における最大の損失は、抑止力だ。ロシアと中国は、米国がミサイルを消耗させていく様子を注視し、それぞれNATOと台湾への攻撃を検討する際の判断材料にしている。
これは単なる憶測ではない。米国防総省は、中国の習近平国家主席が2027年までに台湾への侵攻を見据えた軍事力を整えていると警告している。その目標に向け、中国は2020年以降、弾道ミサイル発射台を2倍に、保有ミサイル数をほぼ3倍に増やしてきた。
米軍が台湾防衛を選択した場合、地域全体の米軍および日本の自衛隊が中国の攻撃対象となる。台湾侵攻の機会をうかがっている習政権は、米軍の兵器消費量を注意深く見守り、米国に対して充分な優位性をもって勝利を確実にできる時期を計算している。
イランでの戦争はその「Xデー」を早め、中国が武力行使に踏み切る可能性を高めているのだ。
イランは米国にとって限定的な脅威にすぎなかった。にもかかわらずトランプ政権は、世界の安定を根底から脅かす意志と軍事力を有する敵対国への抑止力を犠牲にして、おそらく束の間に終わる戦果を選んだのだ。
