映像技術の進化3Dとホログラフィー

 

新宿の巨大な3D猫

 

JR大阪駅のヒョウ

 

 

真の3D表現(ホログラフィ
レーザー光を使い、物体から発せられる「光の位相(位相情報)」まで記録することで、本物と見分けがつかない3D空間映像を再現することが可能で、これには、3DCGデータを基にした「計算機合成ホログラム」や、それを電子的に表示する「電子ホログラフィ」が含まれる。

 

立体視の原理の違い
3D映画やVRは左右の目に異なる映像を見せて錯覚させますが、ホログラムは光の波そのものを物理的に再現するため、ピント調整が不要で疲れにくい真の立体視が可能です。

 

疑似ホログラム技術:
技術的に完全なホログラムはまだ発展途上なため、日常的には「ペッパーズゴースト(透明スクリーンに映像を映す手法)」や「高速回転LEDブレード」といった3D映像技術をホログラムとして呼ぶことが多く、これらは低コストで空中浮遊演出が可能なのだそうです。

 

ホログラフィーの実例

2007年に日本で誕生したボーカロイド初音ミクの、ホログラフィーを用いたライブコンサートとして、2009年にはNYでライブコンサートが行われています。

 

 

ホログラフィー(Holography)

レーザー光を利用して物体の光の波(位相・強度)を記録し、立体的な像(ホログラム)を再生する技術。従来の写真と異なり、3次元的な情報すべてを記録するため、視点を変えると見え方も変わる自然な立体像が表示でき、3Dディスプレイやセキュリティ、データストレージなどに応用されている。 

 

 

 

■アルミ合金製の民間航空機がWTCのツインタワーを果たしてあのように貫通できたのか?

2002年の9.11よりも遡ること9年前の1993年2月26日、WTCはテロリストらが地下駐車場で675 kg相当のトラック爆弾を爆発させ、6人が死亡、1,000人以上が負傷、数億ドルの損害が出るというテロ攻撃を受けています。

 

2001年9月11日には「同時多発テロ」とされる一連のテロ攻撃がイスラム原理主義勢力アルカイダのテロリストによって起こされたとされています。

 

具体的にはハイジャックされた3機の旅客機の内の2機が米国ワールドトレードセンター(WTC)のツインタワーに突入し、ジェット燃料が建物内に飛散し、火災による構造の脆弱化を経て両棟とも一瞬で崩壊させられた。

 

3機目はアメリカン航空77便で、午前9時37分(日本時間午後11時37分)にバージニア州アーリントン郡のペンタゴン(米国国防総省本庁)に激突し、建物の西側を部分的に倒壊させた、のように説明されている。

 

日本でも「2002年の同時多発テロ」については、同年12月に日本建築学会が独自の解析を行っていたようです。

 

 

WTCの特殊な構造

北タワー(1 WTC)と南タワー(2 WTC)はともに110階建てで高さ約417m、完成当時は世界最高層のオフィス空間と、世界一の高さを誇った超高層建築であり、金融センターとして機能していた。

 

設計者は日系アメリカ人建築家のミノル・ヤマサキという人物で、 建物の外周に240本の鉄骨を密に並べた外柱と47本のコア柱で建物を支える「チューブ構造」を採用し、オフィスフロア内に柱が1本もない広大な空間を実現。

 

逆に言えば、外壁はそれほど堅牢なつくりだった

 

日本建築学会が特別調査委員会(委員長:和田章東京工業大学教授)を2001年12月に発足させ、同学会からの委託として、和田委員長より鹿島建設が要請されて、解析を行っている。


その解析の結果,WTCビルの構造体は航空機の衝突によっては崩壊に至らず,最終的には火災で崩落したと検証された。

 

 

■アルミ合金製の民間航空機

ツインタワーに突入したとされる民間航空機は、1機目はボストン発ロサンゼルス行きのアメリカン航空11便ボーイング767-223ER、乗客81人(日本人1人を含む)・乗員11人)で、2001年9月11日の午前8時46分に北棟(1号棟)に突入、2機目も同じくボストン(ローガン国際空港)発ロサンゼルス行きのユナイテッド航空175便ボーイング767-222、乗客56人・乗員9人)で、午前9時03分に南棟(2号棟)にそれぞれ猛スピードで突入するという神風特攻隊のような攻撃を行った、とされている。

 

その衝突時に、航空機に積載されていたおよそ10,000ガロン(約38,000ℓ)のジェット燃料の熱でビルの構造が崩壊した、などと説明されている。


 

WTC-1の南側から2機目の衝突前後を捉えた、極めて稀でほぼ連続した映像

 

スロー再生して、スクリーンショットした突入の瞬間画像です。途中で、飛行機の左の主翼が消えたり、猛スピードでぶつかっているのに、外壁からの抵抗と外壁の損傷がなく、恰も構造物内に吸い込まれているかのような映像であることがわかります。

 

これはいくらなんでもおかしいでしょう?

 

機体の左の主翼と水平尾翼が消えています、

 

左の主翼が消え、右の主翼も機影が薄くなり、機首の先端が消えている

 

両翼が完全に消え、機首も吸い込まれるように消えている

 

左の主翼は消えているのにビルの外壁に穴が開いていない、右の主翼が再び現れ、機体は半分以上が消えている。

しかし外壁が壊れていない。

 

別の音声入り動画

スロー再生してみてください。突入のシーンは9分57秒のあたりです。

 

突入の瞬間をとらえた映像をスロー再生すると、衝突したとされる瞬間、堅固なWTCの外壁から何の抵抗も衝撃も受けずにアルミ合金製の航空機が吸い込まれている状態を映し出しています。

 

 

2001年の崩壊前のワールドトレードセンター(WTC)のツインタワーは、1棟あたりの重量が約50万トン(正確な鉄骨量等は複合的)と推定。各タワーは110階建て、高さ約417メートルで、当時の世界最高層を誇るチューブ構造(注)を採用しており、フロアー内は柱がなく堅牢な外壁で荷重を支える構造だったのに、これはにわかに信じ難い

 

 

■ボーイング767⁻223ER及び767⁻222の素材と重量

胴体、翼の外板(主翼スキン)、キールビームなどは主に高強度のアルミ合金(重量の約80%前後)で構成され、軽量化のためにカーボン(グラファイト)やケブラー、グラスファイバーなどの複合材が使用されている。エンジン周辺には耐熱性の高いチタン、脚部など強度が必要な部分にはスチールが使用されている。

 

機体本体の重量として、燃料や乗客・貨物を載せない運用空虚重量 (OEW) は約82トン380 kg 、最大ゼロ燃料重量 (MZFW)は約117トン934 kg (260,000 lbs)、積載可能な燃料の最大重量は約73トン400 kg (161,819 lbs)とあり、最大離陸重量 (MTOW)としては 約179トン170 kg というものなのだそうです。

 

 

 

■何故WTC7までも全崩壊したのか

WTCはNYの象徴的な7棟の建物群からなり、多くの金融機関や貿易関連の企業がオフィスを構え、毎日5万人が働く世界経済の重要拠点だった。

 

南北のツインタワー→崩壊

3号棟のマリオットホテル→後に解体

4~7号棟のWTCの内の7号棟はWTC7はツインタワーから100mほど離れた場所にあったソロモンブラザーズのビル

→同日「火災」が原因で完全崩壊したとされている。

 

 

■WTC7(ソロモンブラザーズのビル)の崩壊は崩壊の20分前に報道されていた

特に、よく指摘されるのが、英国の公共放送であるBBC(英国放送協会)が、7つのビル群の内、実際にビルが崩壊する約20分前に「WTC7が崩壊した」と報じていたという有名な出来事があったこと。

 

ツインタワーの北側に位置していた47階建てのビルWTC7という7号棟は事件の同日、詳しくは2001年9月11日の午後5時21分10秒(FEMA:米国連邦緊急事態管理庁による)にツインタワーと同様に一瞬にして崩壊しています。

 

BBCニュース特派員ジェーン・スタンリーによる生中継で、まだビルが彼女の背後に見えている中で、崩壊よりも20分前に、「The 47 storey Salomon Brothers' building close to the World Trade Center has also collapsed  (世界貿易センター近くの47階建てのソロモン・ブラザーズのビルも崩壊した)」と報道してしまうという不可解なことも起こっていた。

 

これはよく、「この同時多発テロは仕組まれたものだった、自作自演だった」、という不都合な真実、彼らが「陰謀論」と呼ぶ説を裏付ける根拠のひとつとして有名な内容です。

 

 

■通常5万人が働いているWTCのツインタワーで、犠牲者の数は2977人

WTCのツインタワーには通常約5万人が勤務していた

 

しかし、事件発生は朝の8時46分で、当時建物内にいたのは推計約1万7,000人〜1万8000人程で、犠牲者の数は日本人24人を含む2977人と推定されている。

 

当時、このWTC内には日系のオフィスとして、野村證券、住友銀行(現三井住友銀行)、第一勧業銀行(現みずほ銀行)といった銀行や証券会社など約20社が入っており、北タワーの72階から82階のみずほフィナンシャルグループ(旧富士銀行)のNY支店の23人が犠牲(日本人駐在員と現地スタッフの合計)となり、三菱信託銀行(現三菱UFJ信託銀行)の日本人社員3人と現地スタッフ2人の方々も犠牲となった。

 

 

学校の始業日だったこと

9月11日はNY周辺の多くの学校の新学期始業日初日かそれに近い日であったため、親たちは子供の送り迎えで、子供を学校へ送り届けてから出勤しようとしていたため、通常より出勤が遅れていたケースが多数報告されている。例えば、犠牲者が多かった投資銀行カンター・フィッツジェラルドのCEOも、子供を幼稚園に送っていたため難を逃れた、と説明している。

 

予備選挙が行われていた 

当日はニューヨーク市長選の予備選挙が行われており、投票を済ませてから出勤する予定の人もいた。

 

これらの偶然が重なった結果、最悪の事態の中でも、ビル内にいた人数はピーク時の半分以下に留まっていた、と説明されている。


現在、NYの「9/11メモリアル」にある追悼の池の縁には、犠牲となった方々の名前が刻まれており、毎年命日には日本でも遺族や元同僚による法要や献花が行われている。

 

 

何故か一緒に崩壊した7号棟WTC7には、証券取引委員会(SEC)やCIA、IRS(内国歳入庁)などの事務所が入っていた。

 

当時「エンロン事件」などの大手企業の不正会計調査に関する資料も保管されており、それらが消失したことで調査に影響が出たとされている。

 

以前にも拙ブログで以下の内容を書いて投稿したのですが、再び書いておきます。

 

■キャンセルされたNESARA法案

2001年、多くの交渉の末に連邦最高裁判所の裁判官は、第107議会にNESARAを承認する決議を可決するよう命じ、NESARAが法制化されてから18か月後の2001年9月9日に可決しており、同年9月11日東部夏時間の午前10時に「NESARA宣言」の一環として、全米国民への債務免除、新米財務省銀行制度、国税庁の廃止を発表し、世界貿易センタービルのノースタワーの1階と2階にある国際銀行のコンピューターが新しい米国財務省銀行システムを開始する予定となっていた。

 

9月11日の午前10時、東部昼間時間にアラン・グリーンスパンが、新しい米国財務省システム、全ての米国市民の債務免除と、公告の最初の部分としてのIRS(米国歳入庁)の廃止を発表する予定だった。

 

しかし、発表当日の2001年9月11日サウスタワーは午前9時59分にその29分後にノースタワーもどちらも崩壊してまった。

 

これが単なる偶然だったのでしょうか。これはNESARA法案のキャンセルが目的で、イスラム原理主義者「アルカイダによる米国へのテロ攻撃」というのは自作自演をカモフラージュするための表向きのストーリーだったようです。

 

(注)IRS

このIRSは簡単にいえば税金の取り立てを行う機関。

 

■芸術作品なども多くの犠牲を受けた

推定1億1000万ドル相当の美術品が失われた

内訳は個人美術品が1億ドル[、公共美術品が1000万ドルで、美術品の多くは、その全額が保険でカバーされていなかった。

https://en.wikipedia.org/wiki/Artwork_damaged_or_destroyed_in_the_September_11_attacks