楽やせマダムの 佐藤彩です
もう、朝から完全に凹んでいます。
こんな年齢になって大泣きしてしまいました。
義理の父が脳梗塞で倒れたのが去年の春。
病院での処置が早く、滞った血液が奇跡的にも
流れ、手術後の後遺症は軽かった父。
左の手先だけに痺れは残ったものの、
それでも再び元気で家に帰ってきてくれた
ことが嬉しかった。
めったに風邪で仕事を休むことなく
小さいながらも自社ビルを建て
社長として40年以上働き続けた
父が、やっと引退という時に
倒れた事について義理母は
『パパはこれから自由になれるって時に
かわいそう』っていうのが
口癖になっていた。
その義理父の手術が今朝8時から
始まった。
首から頭にかけて細くなりすぎた血管を
広げ元気な血管に繋げるという大きな手術。
脳梗塞の再発を防ぐための手術。
3時間が経過したが、まだ終わる兆しはない。
5年前に大手術をした私にとって
手術前の不安は痛いほどわかっている。
ましてや、父はもう78歳。
年齢的にも不安なはず。
だから、義理父に
『手術の日はしっかり手を握って
手術室まで送り出すからね』
と、約束してたのに。。。
大切なこの日。
朝早く家を出て義理母を乗せて
病院へ向かったのだけど、
あれっ。カーナビの調子がいつもと違う。
そう思ったんだけど、心は急ぎ足で
首都高に乗ってしまった。
『母に下の道で行った方がいいんじゃない?』
と言われたのに。。。
カーナビの調子が悪く
道を間違えてしまった。
羽田方面
銀座方面
きちんとナビされず、
第6感で銀座方面へ進んだが
ブブー!見事に カンは外れた。
次の出口で降りたけれど。
首都高の道を間違えると
次の信号でUターンのような
事はできず。。。
とんでもないところに出てしまった。
それから、急げや急げー
もう焦って向かったけれど、
その焦りが更に悪い事態を引き寄せ
病院の向かいの地下駐車場に入るという始末
なんと
病室に着いた時には
父の姿はなく。
看護師さんに父に会いたいとお願いしたものの
『手術の時間は8時となっていましたので』
時計を見ると8時2分だった。
悲しかった。
悔しかった。
情けなかった。
そして急に不安になった。
もう会えなかったらどうしよう
あんなに優しく紳士で
子供達の事を愛してくれる
父に、もしもう会えなくなったら。。。
そう考えると涙が溢れて。
年甲斐もなく泣いてしまった。
『ごめんなさいね』
逆に看護師さんに気を使わせた
自分が更に情けなくなり
涙がとまらない。
あれから、まもなく4時間経過。
お義父さん頑張ってね!
祈ってる!
また元気に皆で食事したり
旅行にも行こうね。
成功しますように。
いや、絶対に成功する❗️
頑張って
私も5年前の1月に
とても、大きな手術をしました。
生きたい❗️
子供達のママとしてその成長をまだまだ
見守りたくて
真冬の北海道での腫瘍摘出手術。
『ママ行かないで』と泣きつく
息子を置いて1人向かった北海道。
健康こそが1番の財産だと思った
5年前の冬。
その事を思い出しながら
待合室で父の手術の成功を祈る私と母。
頑張って、お義父さん

