数奇的な人形焼
昭和30年1955年
新小岩にて
山信食品が始まり
お麩
久寿餅
ところてん
あんみつ
そして
人形焼
と手広く
商いをし
昭和50年代へ
工場を
今の東小松川に移転しましたこの時期
現会長が
社長になり
株式会社体制へ
久寿餅を一本自動化を図ります。
もちろん
その時
久寿餅以外のものは
なくなりました
今日は
今に戻り
人形焼の数奇的な出会いをお話
今から8年前のお話です
地元の催事がありました。
一番いい場所に置いていただき
ありがとうございます
ある一軒にご挨拶に行きました。
江東区にある人形焼屋「江東屋」さんです。

御挨拶に伺うと
お話する前に
「山信さんですね。
ぶらり途中下車の旅見ましたよ。」と言われまして

「あっ、江東区までテレビやってるんですね」
「(笑)全国放送でしょ。
山信さん、
僕ね30年前、
お父さんに会ってるんですよ。

お父さん、いつも自信満々でね~。」
「自信満々(笑)
そうですね。
いやな野郎だったでしょうね。」
「いやいや、
自信に溢れている姿は、
かっこよかったですよ。」
「そうですか!
30年前
うちが人形焼やっていた時ですね。
うちが卸していたのですか?」
「いやいや逆です。
うちが卸していたんです。」
「え~それは知りませんでした。
小さい頃、幼稚園から帰ってきたら
まず人形焼の機械のところに行って
できたて
いつもジィちゃんから貰ってました。

甘いにおいが工場中で
ほんと大好きでしたよ。
30年前に
くずもち一本に絞った時
人形焼やめて機械もなくなった時
さみしかったですよ~~」
「その焼く機械を、
うちが今でも使ってるんですよ。」
「???え???」
「この人形焼は
30年前、お父さんから買った機械ですよ。」
人形焼の顔をよく見ると

「あっ、あっ!!こんな顔でした」
テンション上がっちゃいました。
30年ぶりに再会した
人形焼七福神
恵比寿さんと福禄寿のお顔
「めでたいな~~~」と
恵比須顔になる僕
「機械を
もう買い換えようと思っているんだよ。
まだまだ使えるんだけど
年数がたってるからね~~」
「いや~買い換える前に
もう一度
機械見に行っていいですか?
本当に大好きだったので。
こういう再会があるとは~~」
「いつでも来てくださいよ。」
「本当ですか?ありがとうございます。」
30年ぶりの出会い。
近々見に行くと言っておいて
行ってないんです(涙)
これを書いて
思い出しました
行かないといけませんね
砂町銀座
江東屋さん
調べて行かないと
また近々伺ってみます!








