ワラビモチのせいで、ひっくりかえったよ、おっかさん | くずもち日記| 創業昭和30年 伝統の江戸久寿餅 山信三代目 小山信太郎

ワラビモチのせいで、ひっくりかえったよ、おっかさん

昭和により

都内に久寿餅屋が増えたのは

 

GHQの小麦戦略により

余剰の小麦のはけ口になり

そこから

パン、うどん、ラーメンが増え

そして

麩が増えたことにより

 

麩の副産物

久寿餅製造するところが

都内

組合に入ったところをみると

52軒まで

ありました。

 

小麦を使う

食品、洋菓子が増え

菓子の多様化が進み

 

麩や久寿餅、和菓子を

食べる人が

昭和よりもすくなくなりました

 

平成に入るころには

戦争経験者が

仕事も引退

=

麩屋も廃業

また

久寿餅屋も廃業が増えました。

 

そして

西から

わらび餅屋が入ってきました。

 

わらびもちは

西の市場も飽和したので

 

東京に進出してきたのです

 

わらびの根を乾燥させたものを粉にし

 

粉に水を入れ

熱をかけるとできる。

 

簡単ではないですが

久寿餅より

簡単にできます。

 

久寿餅のように

小麦でんぷんを発酵させ

その発酵デンプンを

5日かけ

洗い

蒸すが

発酵の度合いにより

均一の弾力を保つのが職人技

 

ということで

わらびもちを始める人が増えました。

 

一番困ったのが

 

江戸から続く

発酵菓子

久寿餅は

食べ物がない時代の保存食の位置づけで

 

わらび餅が

くるまで

 

9月のお彼岸から

3月のお彼岸が商売の時期でした。

 

しかし

わらびもちは

冷蔵庫の時代

 

冷やして

プルルンしましょう!

それが当たり!

 

いたみやすく

夏に売る商品も

すくなかった東京菓子業界も

 

これはいい!

 

商機を

3月のお彼岸から

9月のお彼岸に

変えてしまったのです。

 

黒みつ、きなこの分類で

久寿餅も

夏の菓子になってしまったのです

 

おそるべし

わらびもち!!

 

美味しいし

いいですよね~~

 

そして

わらびもちの影響を

もろ受ける

平成中期~~

 

一気に増えました。

 

そして

手間暇かかる

久寿餅は

効率の時代

作り手からは敬遠され

希少になっていくのです・・・・

 

 

希少となってしまいました

久寿餅を

食べてみたいなと

いう方は

是非

https://item.rakuten.co.jp/edokuzumochi/kuzumochi-03/

楽天市場店か

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2周年を迎えた

日本橋高島屋新館店まで

御足労ください

 

工場直売

火曜日12時から17時

土曜日11時から17時

 

金曜日

11時から20時まで

船堀駅催事販売しております

 

是非ご来店ください!!

お待ちしております!