「ゆる言語学ラジオ」というYouTubeチャンネルが大好きなのですが、

 

(文学部国文学科卒ですが、

 「文学」と「言語学」だったら、言語学系の方が楽しかった人)

 

 

その姉妹チャンネルの、

「ゆる学徒ハウス」の方に上がっていた以下の動画を見て、

 

「遺伝と平等」

 

という本を読んでみました。

 

 

 

 

 

サイエンス系の翻訳家、

青木薫先生が翻訳した

 

キャスリン・ペイジ・ハーデンの 「遺伝と平等」の話がメインの回でしたが、

 

 

 

「遺伝と平等」

 

 

 

 

というタイトルからして、

 

 

 

メッセージ性が強い。

 

 

 

 

遺伝子のこと言いだしたら、

この世に平等なんかありえないじゃん。

 

 

 

というかそもそも、

遺伝子持ち出すまでもなく、

 

 

 

日本に生まれるか、

ソマリアに生まれるか、

アメリカに生まれるか、

アフガニスタンに生まれるかで、

 

 

同じ日本の中だって、

 

 

裕福な家に生まれるか、

貧困家庭に生まれるかで、

 

 

 

人生の可能性はまったく違う。

 

 

 

人類全員が、

おそらくどこかで心の中で抱いている、

 

 

 

 

自分の努力でどうにもならない先天的なもので、

人生の可能性が狭められるの、

まったくフェアではないのでは?

 

 

 

 

 

という憤り。

 

 

 

でも、「言っても仕方ないじゃん!」で片付けられがちなこの怒りに、

 

 

 

 

科学の立場から、

真正面から切り込む本でした。

 

 

熱い…!

 

 

サイエンス本で、こんな熱い本があるんだ。

 

 

 

 

たとえば。

今の遺伝子解析の技術を使えば、

 

 

数学分野で、極めて良い成績を収めるだろう

 

 

という遺伝子セットを持っているかいないかが分かる。

 

 

けれど、

貧困層に生まれるだけで、

その子が自分の才能を発揮できるだけの

教育チャンスに恵まれない現実は十分ありうる。

 

 

 

 

「どういう遺伝子セットを持って生まれるか」は、

 

 

はっきり言ってしまえば、運。

 

 

クジのようなもの。

 

 

 

たまたま、障害や病気を引き起こす遺伝子セットを持って生まれたからといって、

それはその人の責任ではない。

 

 

 

「遺伝くじで、

 もっとも不利な立場に立たされる人達の状況が改善されるように、

 社会は構築されるべきである」

 

 

 

という筆者の主張が熱かった。

 

 

 

 

「生まれか育ちか」

は、人類がずーっと抱えている問いですが、

 

 

人間の性質や能力に強い影響を与えている遺伝子の謎が

どんどん解明されている現代、

 

 

 

遺伝子解析は、優生学(生物として優れた人が富を総取りし、劣った人は排除されるべき)

のようなエセ科学として使われる危険性を常にはらみつつも、

 

 

今の人類が作り上げている不平等を改善する契機にもなりうるんだ。

 

 

 

テクノロジーの進化は、

当然人間の社会に影響を与える。

 

 

私達1人1人、

 

「自分が今得られているもの」は、

 

ひょっとしたら、

自分の努力の成果だけではなく、

 

たまたま自分が持って生まれた遺伝子セットゆえで、

 

 

逆に恵まれていない人は、

 

努力不足などではなく、

 

そちらもたまたま自分が持って生まれた遺伝子セットゆえ、

 

の可能性は十分あるのだと、

 

 

 

そんな風に世界を見ることができる、

温かいフィルターになりうる本だな、と思いました。

 

 

 

骨太本ですが、

 

上記に興味がある方にはオススメです。

 

良書でした。

 

 

 

 

 

 

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