短編小説
『愛と愛着』~ある逸話として
ある村に仲のよいふたりの少年がいた。
ある日のこと、一方の少年は、
ひとり野道を歩いていた。
すると、村はずれの野で少年は、
一本の白い薔薇の花が咲いているのを見つけた。
一面緑の野にひっそりと咲く白い一輪の薔薇は、
少年に不思議な感情を呼び起こした。
少年は誰にも言えなかったが、
ひとりの少女に秘かに思いを寄せていた。
その少女は、いつも白いワンピースを着ていて、
白い薔薇は、その姿と重なった。
思わず少年は、その薔薇を摘んで持ち帰り、
部屋に飾ろうと考えて枝に手を伸ばしたのだが、
触れたとたんに指先にチクリと鋭い痛みが走って、
思わず手を引いた。
その痛みは、少年にある考えを伝えたようだった。
そうか、この白い薔薇は、
この広い野原にいてこそ美しいのだ。
ぼくのさみしげな、うす汚れた部屋に置いたら、
その美しさも台無しだ。
そう考え直して、ならば、
ぼくが、ここへ会いに来ればいいだけの話だと、
自分に言い聞かせた。
そして、少年は来る日も来る日も野へ通いつづけた。
すると不思議なことに、
天候と時間帯によって薔薇の背後の、
野と空の色は、訪れるたびに一変していた。
その白い薔薇は、日ごとまるで違う
一幅の絵画を観るように、背後の趣きを変えて、
少年にその都度新鮮な歓びを与えた。
そして、一週間ほど過ぎたある日のこと、
白い薔薇は、その定めにしたがって、
枯れ落ち、すでに土に還っていた。
少年は悲しまなかった。
なぜなら、きっとまたいつの日かこの同じ場所で、
生まれ変わった、
あの白い薔薇と出会えるにちがいない。
訳もなく、そう思えたからだった。

もう一方の少年は、ある日のこと、
母に連れられて、街中にある大きな薔薇園に行った。
そこは今を盛りと色とりどりの美しい薔薇が、
無数に咲き乱れていた。
少年の目を惹いたのは、黄色い薔薇である。
そのあでやかさに目が眩み、
稲妻のような衝動が走り抜けた。
自分のものにしたい。
いつも、なんどきもそばに置いて観ていたい。
母の目を盗み、その一本をへし折ると、
持っていた手提げかばんの中に、
その薔薇の花を押し込んだ。
これだけたくさんあるのだから、
一本くらい減っても、
広大な園には、なんともないことだろう。
そう考えて、悪いことをしたと言う思いを、
心の奥に封じ込めた。
家に帰ると少年は、その薔薇を小さな花瓶に入れ、
いつも自分の目にだけ見えるところ、
いつも自分の手に届きそうな、
それでいて、人目にはつきにくい場所に置いた。
だが、そうして数日が経過すると、
薔薇は美しいには美しいと思えたが、
なぜか、心の奥までは満たされなかった。
やがて、少年は薔薇のことを、
もう気にかけなくなり、
水を換えてやることも怠るようになった。
一週間が過ぎ、薔薇はいつもよく見える場所に
置いてあったはずだが、
もう少年の目には映らなかった。
気づいたときには、薔薇はもう枯れ落ちて、
無残な姿をさらしていた。
少年は、枯れた薔薇の枝を花瓶から抜き取ると、
屑籠に投げ入れようとして無造作に、
枝を持ち換えたその瞬間、
指先から全身に、鋭い痛みが走り抜けて、
思わず少年は、その場にうずくまってしまった。
(了)

(註)
愛と愛着、広辞苑には次のように記されている。
愛…広く、人間や生物への思いやり。
愛着…欲望にとらわれて執着すること。
André Rieu ft. Gheorghe Zamfir/The Lonely Shepherd
この小説「もうひとつの明日」は、1998年5月9日、同人誌『座礁』に発表したものの再掲載です。
過去にアップした小説
短編小説 恋文~往信 朗読版
短編小説 恋文~返書 朗読版
古くからの友人、高木早苗さんが、松江市観光大使を務める京太郎さんと、
ご当地松江を舞台にしたデュエットソング、
『さよならだんだんまた明日』をリリースされました。
とても素敵な歌ですので、是非聴いてあげて下さい。
不肖私めの撮影した写真も少しだけ入れてありますので、よろしくです。
「だんだん」は、出雲地方独特の方言で、ありがとうの意です。
振袖の振付方を詳しく解説した写真講座を公開しましたので、
興味のある方はご覧下さい。
写真集の制作に興味のある方は、こちらを参考にしてみて下さい。








