短編小説 誕生日
この冬一番の寒波が襲い、寒風に粉雪舞う、とある田舎町のコンビニに、
年式も落ちたせいか、見栄えもパッとしない、白い軽自動車が滑り込んだ。
車の中から出て来たのは、年老いた夫婦連れ。
開けたドアが突風に激しく揺さぶられ、
運転席から降りた男も体ごと揺さぶられ、
よろけそうになり、慌ててドアにしがみ付いていた。
老夫婦は、互いに手を取り合い、ゆっくりと、
足元を確かめるように歩を進め、コンビニの中に入って行った。
男は中をしげしげと見渡して何かを探すふうであったが、
やがてその目がカウンター近くの一点で止まった。
それは、肉まんの入ったホットケースだった。
「大きいのと小さいの、どっちにする?」と男が妻に訊いた。
「小さいのでいいよ」妻が即座に返した。
「そうだな」そう言うと男は、ポケットの小銭入れから、
二個分の合計金額二百四十数円を、
さもゆっくりとした手つきで拾い集めてから、店員に差し出した。
男の後ろにはすでにレジ待ちの行列ができており、
悠長な男の仕草に苛立ちを隠せない様子が顔立ちからも明らかに見て取れた。
それに気づいた男は、さも申し訳なさそうに列に頭を下げて、その場を去った。
肉まん二個の入ったほかほかの紙袋をさも大事そうに手に抱えた男は、
妻とともにゆっくりと車に戻り、エンジンをかけると、
帰路には向かわず、広い駐車場の誰もいない片隅に車を移動させた。
「久しぶりだな、何年ぶりかなあ、肉まん食べるのは…」男が言った。
「うん、そうだね」妻が返した。
実は、この二人のこうしたいきさつには伏線があった。
この夫婦は貧しく、明日の飯にも事欠くほどの日々を送っていた。
男はある事件を契機に借金生活に追われ、
僅かばかりある年金の大半もその返済に充てなければならなかった。
この日は、男の誕生日だったのだが、
財布の中には、もはや五百円足らずしか残っていなかった。
その数日前のことだった。
暖房にも事欠く薄暗い部屋の中で妻がぽつりと言った。
「こんな寒い日はあったかい肉まんが食べたいわね」
妻のその一言が、やけに胸に突き刺さった。
「肉まんのぬくもりか、さぞや心も温まるだろうなあ…」ひとり男はそう呟いた。
そして、誕生日を迎えたその日のこと。
男は小銭入れから硬貨を机の上に広げると、
その数を正確に数えてみた。
合計五百十二円ほどあった。
肉まん二個何とか買えるではないか、男は小躍りした。
すぐに妻に言った。
「誕生祝いだ。コンビニに行こう。肉まん肉まんだ…。今から買いに行こう」
妻はさもいぶかしげに夫に訊き返す。
「でも、お金はあるの?」
「肉まん二個だけなら何とかなりそうだ」
男は嬉しそうに返した。
久しぶりに妻の喜ぶ顔が見れそうだ。
そこで、話は先ほどの車の中に戻る。
車のエンジンは、かけたままだ。
フロントガラスの向こうには遠く山並みが見える。
空は相変わらず灰色に曇ったままだ。
粉雪が寒風に舞い、フロントガラスに吹きつける。
手の中にくるんでほおばる肉まんのなんとおいしいこと。
それを助長するのは、手から伝わるそのぬくもり、
そして、心に染み入るその匂いだった。
なぜか、男の目から涙らしきものが溢れ出た。
見ると妻もまた前方の遠い景色を見るでもなく見つめながら、
目に泪を浮かべている。
「おいしいね」とひと言、妻が言った。
「うん、おいしい。こんなおいしい肉まんの味、一生忘れないだろうなあ」
男はしみじみと妻に返した。
それは、まるで自分に語りかけているようでもあった。
そんな会話を交わしたのち、二人を乗せた軽自動車は、
何事もなかったかのようにコンビニの駐車場から出て、
もと来た方へと引き返して行った。
幸せの源泉は、どこにあるのか、なかなかわからないものである。
(了)
Superfly/愛をこめて花束を
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古くからの友人、高木早苗さんが、松江市観光大使を務める京太郎さんと、
ご当地松江を舞台にしたデュエットソング、
『さよならだんだんまた明日』をリリースされました。
とても素敵な歌ですので、是非聴いてあげて下さい。
不肖私めの撮影した写真も少しだけ入れてありますので、よろしくです。
「だんだん」は、出雲地方独特の方言で、ありがとうの意です。
振袖の振付方を詳しく解説した写真講座を公開しましたので、
興味のある方はご覧下さい。
写真集の制作に興味のある方は、こちらを参考にしてみて下さい。
今では遠き青春時代、私が書いたへぼ小説、興味ある方はこちらから










