ついに、大晦日になってしまいました。
今年中にアップしたかった記事が幾つかあるのですが間に合わず、日記レベルのことを書いてみることにしました。
12月25日に、NHKの朝の情報番組「あさイチ」で、「みかん!鯛めし!道後温泉!冬の愛媛を楽しむ」が放送されていました。
道後温泉は、映画『千と千尋の神隠し』に出てくる“油屋”のモデルになった場所のひとつとも言われていることを思い出し、ジブリと久米の近さが改めて気になりました。
私がジブリと久米との近さが気になり始めたのは、トトロの森2号地が、埼玉県所沢市大字久米字八幡越にあることを知ったときでした。
そして、宮崎駿さんからの寄付を資本に、「子どもたち向けの交流拠点施設」が久米島町銭田森林公園で建設されたことを知ったとき、久米との近さが偶然ではなく、意図されたもののように感じはじめました。
それでも、(宮崎監督が興味を持たれるような地に、何故か、久米の名が付いているということもあるのかも)、程度に思っていたのです。
ところが、私にとって遠い親戚だという可能性がある文化人のお別れ会に、高畑勲さんからお別れの言葉が寄せられていることを知りました。
本名と出身地、そして、偽りの映像 : 戦争を描く眼 - 国立国会図書館デジタルコレクションで御両親の故郷を確認し、私の曽祖父の従兄弟の息子だと思ったのですが、違っていたらいけないので、仮にY氏とします。
曽祖父の従兄弟と息子の名前は、父が本家で書き写させてもらった系図に書かれています。
曽祖父の従兄弟の家族が、戦時下の大阪で生き延びることができたか何年も気になっていて、試しに国立国会図書館デジタルコレクションで検索すると、曽祖父の従兄弟と息子の名前が並んで出てきました。
蓄音機製作で得た資産の相続があったようで、それについての広報だったのです。
けれど、Y氏の著書に、父親の名や職業を書いたものを見つけられないので、Y氏を私の曽祖父の従兄弟の息子とは断定できずにいます。
一方、ジブリとY氏との関係を少し示すものとしては、「教養について」をテーマにお送りします。 ゲスト:石飛徳樹さん - 鈴木敏夫のジブリ汗まみれを文字起こしするブログ を見付けることが出来ました。
Y氏のお別れ会に、スタジオジブリ・プロデューサーの鈴木敏夫氏が行かれていたのです。
残念なことに、Y氏と鈴木敏夫氏との関係は、よく分からずにいます。
ただ、スタジオジブリ - Wikipedia に「日本共産党人脈」という項があるのですが、Y氏のWikiには「1954年に日本共産党に入党。同党映画後援会代表を務めた他、『しんぶん赤旗』の常連執筆者であった。」と書かれています。
もちろん、この程度のことで、道後温泉が『千と千尋の神隠し』に出てくる“油屋”のモデルになった理由が、Y氏の本名である「久米」にあったのでは? などと考えることはできません。
ところが、『千と千尋の神隠し』の中で湯婆婆が放った技は、絵コンテ集に(ドラゴンボール風)と書かれているのだそうです。つまり、かめはめ波。
かめはめ波を編み出したのは亀仙人で、亀仙人の性格は久米仙人と似たところがあるようです。
そして、Y氏の著書『日本映画の歴史と現代』では、『千と千尋の神隠し』についても論じられているのだそうです。
ジブリの方々がY氏の本名が久米であることをご存じかどうか、ということは不明ですが、国立国会図書館デジタルコレクションで読むことができる著書では、連絡先に久米と記されています。
それから、Y氏の本名で国立国会図書館デジタルコレクションで検索しても、映画文化 (2) - 国立国会図書館デジタルコレクション などが出てきますし、同世代で近くで活動されていた方々はご存知だったのでしょう。
とはいえ、私の想像でジブリとY氏の関係者に迷惑がかかってはいけませんので、本年の拙ブログの締めは、湯婆婆と銭婆も久米の血を引いていた…? という妄想で締めたいと思います。
拙記事を最後まで読んで下さりありがとうございます
どうぞ良い年をお迎えください
※AIに作画してもらいました

