We want to speak about freedom:
私たち(エイブラハム)は自由について(声を出して)話したい。
この場合、Speakという言葉は、誰かに何かの情報を伝えるために語り掛けるという意味はないということを知ることです。
つまり、それ自身が在るということに目覚め、気づいているポイントとして自分が在るということの自由と喜びを声を出して表現したいということだと理解することです。
自分が在るということは、全く何の制限制約限定限界束縛もなく、完全に自由だということを宣言しているのです。
This is a Vibrational Universe.
これは、1つの(振動している)波動の宇宙だ。
この現象宇宙は、ソース(源)の中に在る1つの波として現れている動の宇宙だということであり、根源的実在であるソース(源)によって支えられているからこそ、存在しているのだということです。
ソース(源)の広大な海にはあらゆるものが無限の可能性として既に実在しており、波動によって自分自身を表現し拡大したいと願っているのです。
The only Source that flows is the Source of Well-Being.
流れている(川の)唯一の源は、至福の源だ。
時間が過去→現在→未来と流れているというのは幻想であり、錯覚であり、催眠状態に陥っていることだということを知ることです。
今この瞬間は、全く新しいソース(源)からのエネルギーが押し寄せて来ているのであり、それは幸福のエネルギー以外の何ものでもないのにも関わらず、それを受け取ることができないようにしているのは自分自身以外の誰でもないということです。
ソース(源)からのエネルギーの流れそのものが幸福なエネルギーなのは、ソース(源)自身が幸福そのものだからです。
不幸を作り出しているのは、自分は人間だという自己同一視に陥っていることから生まれる頭の妄想だということです。
And physical and Non-physical, we are all free to allow that Well-Being to flow to us and through us or we can pinch it off.
そして、物質的、非物質的に、私たちは私たちに向かって、そして私たちを通して幸福が流れ込んで来ることを受け入れる完全な自由が在る。
又は、それ(幸福の流れ)を摘み取ることができる完全な自由が在る。
物質的な存在として、そして非物質的な存在として、幸福の流れを受け入れる完全な自由が在るということであり、同時に幸福の流れを受け入れないで幸福の流れに抵抗し摘み取ることもできる完全な自由が在るということです。
では、なぜ、幸福の流れに抵抗してそれを受け入れないで摘み取ってしまうのでしょうか?
それは、望まないものを自分の一部分にしてしまっているからであり、常に望まないものに注意を向けているからです。
つまり、望まない何かに執着しているということであり、望まないものに注意を向けるのではなく、望むものに注意を向けることによって、望むものの波動に完全に成り切るという勇気を持つことです。
望むものの波動に完全に成り切ることができるならば、未来から押し寄せて来ている幸福の流れを受け入れることができるようになれるのです。
望まないものは、自分の一部分などではなく、自分とは全く何の関係もないということを決断することであり、そのためには、自分と自分の周りの人々の無限の可能性と自由意志を認めること、許容可能にすることが必要なのです。
It is our callーevery time-----
それ(幸福の流れを受け入れるか受け入れないか)は、私たちの決断次第だ。如何なる時でも-----。
Abraham-Hicks.Publications(引用元)
最後まで読んで頂きまして、まことにありがとうございました。