Every subject is really two subjects, with what is wanted on one end of the stick, and the absence of what is wanted on the other end.

  あらゆるものには、実際に棒の一方の端に在る望むことと、その別の端に在る望むことの欠落とを伴う2つの主題が在る。







  全てのものは磁石のように陰極と陽極を持っているということです。



 望むことが在るならば、必ず望まないことも在るということです。



  つまり、ポジティブとネガティブの両方が在って初めてこの現象宇宙が成立しているのです。







  Sometimes you are perfect vibrational match to the unwanted end of the stick but you don't realize it because it feels normal to you.
 
  屡々、あなたは、棒の望まない端に完全に波動的に一致しているけれども、あなたにとってそれが正常に感じるので、それ(望まないことだということ)に気づくことはない。






 なぜ、望まないことを正常だと思ってしまうのかと言えば、それはこの二元性と多様性に満ちた世界の中で自分は小さく無力で無能な存在に過ぎないという自虐的な考え方を植え付けられているからであり、犠牲者意識や被害者意識を手放すことができないからです。



 世界の周りを回り続けている奴隷に成りきってしまっているからです。



 自分がなぜ現在の状況を乗り越えることができないのだろうかという疑問を持つことが第2段階にシフトする始まりです。



  それは、目前の現状というものは誰が創っているのでもない、自分が創っているのだということに気づくことです。



  今ここという宇宙の中心に生きることなく、過去と未来に意識を飛ばし、此処以外のところに良いものが在るという幻想に陥っているということが原因になっているのです。



  今ここ、この瞬間に生きることが世界の主人として生きることだということに気づくことです。



  Normという言葉は真っ直ぐな物差しが語源であり、結果として映し出されているこの世界のものに意識を向けるのではなく、この世界の大元であるソース(源)の完全な領域に意識の矢印を向けている状態が正常だということを意味するということを知ることです。



  このNormalから離れるとAbnormal異常になるということです。







  And this is only because it is more usual for you to talk about the problem rather than the solution.

  そして、これ(望まないことを正常だと信じ込んでいること)が、解決よりもむしろ問題について語ることがあなたにとってより当たり前になっている唯一の理由である。






  望まないことを正常だと信じ込んでいるのは、この世界が唯一の現実であり、実在であるという錯覚、催眠状態に陥っているからであり、この世界はあくまでもソース(源)という完全なエネルギーが自分という波動の通路を通して映し出されている結果としてのホログラム映像、幻想であり、「人間ゲーム」という映画を上映しているところだということに気づいていないからです。



  つまり、人間に成りきって人間を演じている自分と、その映画を楽しんで見ている自分との2つの自分が存在しているのです。



  私たちがどんなに恐ろしい映画を見ていても、自分が苦しいとか、悲しいとか、寂しいとか、決して思わないでリラックスと余裕を持って楽しんで見ているように、この映画を見て楽しみ喜んでいる自分が存在しているのであり、その自分こそが本当の自分だということに気づくことができるならば、この「人間ゲーム」は最高に面白い冒険物語だということが分かるでしょう。




  深刻、緊張、収縮というサバイバルモードから、余裕、リラックス、拡大というリアクションモードに転換することができるでしょう。









   Abraham-Hicks.Publications(引用元)











   最後まで読んで頂きまして、まことにありがとうございました。