小さくても育ちます。

小さくても育ちます。

31w6dで、妊娠高血圧症候群になり、救急車で運ばれて、緊急帝王切開にて、1074gの娘を出産しました。NICUにて入院、二ヶ月後退院。
現在はすでに五歳になり、元気に野生児のように育ってます。
次女も産まれて、賑やかに。

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救急車、初めて乗りました。
点滴の確保できてませんと看護師さんが言いましたが、「大丈夫です!」
あら、頼もしい(笑)

担架(ストレッチャー?)に座ったまま運ばれるワタシ・・・・。
やっぱりジロジロ見られちゃうものですね。
しかも座ってるのに救急車って・・・・座れるなら歩けよってね(笑)
旦那が後を追ってきて、心配そうな顔してるので、

ワタシ「大丈夫だよ、大丈夫だから、ねっ、ねっ」

と、まったく根拠のないことを連呼してたような気がします。
旦那は私の心配もあったでしょうが、今から行く大学病院の道がわからず、それも不安だったろうなー。ナビのある車買っておいてよかったね(笑)


さて、乗り込みました。
これほど元気であるなら、救急車の中をもっとよく観察しときゃよかったと、いまさら後悔するほど、何も覚えていません(笑)
ただ、指に機械をつけられ、私の脈の音が車内に響いていて、
ある一定の時間ごとに、私の血圧を隊員の方が測ってくれていました。
この時点で、148-90とかだったかな?
一緒に乗ってくださった看護師さんが何度も

「頭痛はしませんか?」

と聞いてくれ、本当に何ともなかったので「大丈夫です」のやり取りの繰り返し。



ちなみに、座ったまんまのワタシは頭から救急車に乗り込んだので、
後ろ向きでした。



救急車は、見覚えのある高速道路へと走っていて、
後ろの窓からどんどんと私の住んでいる街が遠ざかっているのが、
なんだかドラマのようで印象的でした。
ちなみに、後ろについてきてると思っていた旦那は、いませんでした(笑)
ナビに行先を入れるのに苦労したようで、スタートが遅かったようです。


どんどん遠ざかっていく街・・・・。
ああ、ワタシ、これからどうなっちゃうのかな。
ぼんやりサイレンの音を聞きながら、景色を眺めていました。


救急車は、どんどんほかの車を追い越していきます。
そのたびに、後ろ向きに座って乗っている救急車のワタシと、
追い越された車の運転手さんの目が合う・・・・・。


気まずい・・・・(;一_一)



明らかに驚いてる顔が・・・・・。

「なんだよ、オマエ、座って元気じゃんか!」
「なに、救急車乗っちゃってるの?しかも高速って???」


あーーーーーー!!!!
救急車の外側に「妊婦、ヤバイです!!!」って書いてほしーーーーー。



救急車は大学病院へ。
またしても座ったままの状態で、運ばれてゆくワタシ・・・・。
どうやら総合玄関から入ってったようで、たくさんの人に見られてる・・・・。
そしてやっぱりみんなの顔が、


「え?あなたいったいどこが悪いわけ?」


って顔(笑)
なんかもう、慣れてましたが(笑)



処置室に入り、看護師さんたちがあわただしく動いてます。
急にやってきたワタシを、落ち着かせてくれようとしてるのか、
色々話しかけてくださったり、大丈夫ですよって言ってくれたり、
本当に優しかった。


途中、トイレに行きたくなり、看護師さんに申し出たのですが、
やっぱりもう動いたらダメってことで、あっさり尿に管を入れられました。
はうううう・・・・・(T_T)


この時血圧は180-100くらいあったらしく、
しきりに「頭痛しませんか?目がチカチカしませんか?」と聞かれましたが、
本当に何でもなくて、ヘラヘラ「大丈夫です」とやり取りをしてました。


そのうち先生がやってきて、内診をして、色々手術の準備やら、
元々の担当医の先生と何か話をしたりして・・・・。
ああ、ワタシ、本当にこれから出産しちゃうんだぁ・・・・と実感してました。
そんな緊迫した状況で、内診しながら先生が、ほかの先生?らしき人に、
私の状況を説明している。


どうやら、大学病院ならではの実習生っぽくて、
説明を聞きながら、メモなどをとっている。
途中、質問までしたりして、なんか・・・・・余裕なのか???
なんか・・・・・・感じ悪いーーーーー(;一_一)
看護師さんも悟ったのか、ごめんねごめんね、大丈夫だからね、と言ってくださり、そんなもんなのかーーーーと思ったり。



その頃、旦那もワタシの両親も病院に到着してたらしく、
手術前までの待機する病室にいるワタシのところへ着てくれました。
なんかもう、この事態に笑うしかなく、ずーーーっとヘラヘラしてたような気がします。
看護師さんが出入りして、点滴を確保したり、
麻酔師さんがやってきて、麻酔の手順を確認したり、
手術の同意書にサインをしたり、
術後のプランを説明してくださったり・・・・とにかくやることたくさんでした。


ワタシが手術の同意書にサインをしてる間、
さっきの先生がやってきて、私以外の家族に色々説明していたらしいです。
中でも印象的だったのが、



先生「本人あんなにヘラヘラとしてますが、結構深刻ですよ」




先生、ワタシそんなにヘラヘラしてましたでしょうか?(笑)
確かにもう泣いてはいなかったけどさ。



いよいよ手術室へ向かいます・・・。
ちなみに車椅子です。










念願の退職日!!!
とはいっても、この日は妊婦健診の日で、午前中は病院でした。
いつのとおり血圧が高くて、嫌になっちゃいますねぇーーーなんて、看護師さんと談話。
いつものとおりエコーで赤ちゃんを見てる先生・・・・なんかちょっと???な感じ。

「うーーーん、赤ちゃんちょっと大きくなってないね」

ええええ!!!
ワタシ、すでに10キロは太ってますけど、それは全部肉ってこと??(笑)
でも赤ちゃんは元気ですって、ちょっとホッ。
もともと小さ目な赤ちゃんだし、ゆっくりめに育ってるのかなあなんて思ってた。
そのあと、いつもはやらない臍帯のエコーもやりましたが問題ないねと。
でも、ちょっと心配なので、次は2週間後だけど、1週間後にまたきてねと。



先生「もし、大きくなってないようなら、取り出すことも視野にいれて・・・・」

ワタシ「ほえ?取り出すとは?」

先生「帝王切開ってことね。お腹で赤ちゃん育たないなら出したほうがいいよ」



ま、ま、まじっすかーーーーーー!!!

帝王切開って、あれって手術よね?腹切るんだよね?
うそーーーーーん。

実はお腹の子、この時からすでに「逆子」
まだ時間はあるし、羊水にも余裕あるから大丈夫だろうとは言われてました。
逆子なら帝王切開ってことは知ってましたが、まだ大丈夫、ワタシには無関係と思ってました。
それがここへきて、すごい現実的に・・・。
ちょっとショックをうけながら、会社へ。
そのこともあり、泣いて会社を去ることはなく、笑顔で退社してよかったなーと思ったり。
とにかく不安もありましたが、一度なってみたかった明日からの専業主婦になれることで、胸いっぱい(笑)

そして、翌日からのワタシ、アホみたいにホームベーカリーでパンを焼きまくりました(笑)
いやーーーーーもう楽しい(笑)
皆が働いてる時間にパン焼いちゃってすいませーーーんみたいな。
いろんなパンがどんどん焼けて、いい匂いだし、美味しいし、パラダイス。
某スーパーの火曜市にも初参加して、安さと激混みを経験し感動したり(笑)

ただ、気になっていたのは「むくみ」
顔がパンパンで、必要があったので写真を撮ったら、そこには大福女がいたーーー(笑)
それまであまり気にならなかったのに、足が象化してる???
仕事辞めて動いてないからかなーーと、無駄に歩いてみたり。

そんなこんなであっという間に1週間。
その日の朝。
いつもどおり、結婚指輪を指にはめようとしたら・・・・・はまらない(笑)
(家にいるときは指輪すべて外しています)
ええ?まじか?ま、とりあえずいっかーーーと指輪なしで、玄関へ。
今度はブーツが入らない(笑)
(北海道住みなので春でしたがブーツ)
ええ?どうしよう・・・・と思うも、とりあえずそこにあった真冬のモコモコブーツ(笑)
そんな恰好で病院へ。

いつもどおり血圧高し。
エコーで見るも、先週からほぼ変わらない赤ちゃんの大きさ。
なんだか険しく感じる先生の表情・・・・どんどん不安になるワタシ。

エコーして、内診もして、先生の元へ行くと、やっぱり険しい顔の先生が。


先生「えーーーーとね、赤ちゃん育ってないみたい。」

ワタシ「はあ・・」

先生「それとね、お母さん自体に問題があって・・・タンパク出ちゃったの。」

ワタシ「げ・・・・本当ですか?」

先生「うん。これ検査結果ね、それと血圧が高すぎて・・・・完璧に妊娠高血圧症候群だね」

ワタシ「????」


頭、まわりませんが???
ぽーーーっとしてるワタシをしり目に、先生はたんたんと話す。


先生「うん。あの妊娠中毒症ね。わかる?」

ワタシ「はい、わかります。」

先生「うん。でね、このままだったら赤ちゃんもお母さんも大変危険な状態なので・・・」

ワタシ「はい。」

先生「今日出しちゃいます。」

ワタシ「はっ?」

先生「これから大学病院へ行って、帝王切開で出産になります。」

ワタシ「・・・・・・はあああ?」



たぶんワタシ、笑ってたと思います(笑)

いや、いきなり色々言われても混乱しちゃってわからんのですが?
帝王切開・・・・切るってことね?
てか、今日出産しますって、今日もう赤ちゃんとご対面?
今日が誕生日になるの?
まじーーーーー???


先生「今から救急車呼ぶからね。まっすぐ行くので、ご家族の方に連絡とって・・・」



救急車???(@_@;)
このあたりからちょっと記憶が曖昧です。

まず泣きながら、旦那と私の母に電話で経緯を説明。
旦那は会社から病院へきてくれ、実母はまっすぐ大学病院へ向かうという。

気づけば、もう動くなってこと車いすで処置室に移動。
なにやら、点滴の針を確保したいようで、看護師さんがブスブス腕に刺してますが、
むくんでしまい、なかなか入らない(笑)
ただただ、腕に傷が増えて焦る看護師さんたち。
そんな時に、遠くから聞こえる「ピーポーピーポー」と救急車の音。


看護師さん「あっ、もう来ちゃったよーーーー」



・・・・・あっ、これワタシのお迎えかっ!!!



結局、点滴の確保ができないまま、担架に乗せられ、そのまま救急車へ運ばれるワタシ。
旦那も、突然のことにわけわかんない顔でそこにいた。
救急車には、旦那は乗れないので、旦那は自分の車で後を追うとのこと。
(大学病院が市内になく、市外へ行くため、帰りの足がないので)

ちなみにこの時点での、ワタシの血圧は150-90とかだったはず。
お腹が張るので、担架には寝ないで、座ったまま救急車出発(笑)
傍らには、担当の先生と看護師さんがついてくれました。


ピーポーピーポーおなじみの音を出したまま、
高速道路を走り、大学病院へと向かったのでした。



















妊娠した時、私は正社員で事務員として働いてました。
もともとデブでダイエットな毎日だったのですが、まったく痩せないまま妊娠してしまいます。
(まぁ、念願の妊娠なんで自業自得)
妊娠が分かった時点で、大喜びの大はしゃぎでハイテンションでしたが、
すぐに悪阻がやってきて、奈落の底に落とされました。

旦那とは同じ会社で長年付き合って結婚したので、そのまま夫婦で働いてました。
なので、悪阻時のツライ時や、冬の雪の日でも、帰りの時間が合えば、車で帰れたのでありがたかったです。

悪阻は本当にきつかったのですが、仕事中は気がまぎれるのか、多少楽。
夕方、帰宅時からきつくなり、夜はぐったりでした。
食べたいので、食べますが、ほぼリバース・・・。そしてベットへGO。
帰ったらほとんど寝てた記憶しかありません。
本当に毎日辛くてベットで泣いてました。
ひどい話、妊娠したことを後悔するほど。

ちなみに、その時食べれたのが、酢飯、トマト、グレープフルーツ、キュウリの酢の物などです。
作れないので、ほとんどお惣菜買ってました。
しかも、金出して買ったのを即リバースという・・・悲しい毎日でしたね。

洗濯も洗剤の臭いがダメでツライ。
歯磨きも歯磨き粉がダメでツライ。←これは液体の歯磨き粉にしてなんとか。
本当に毎日辛かった。

5ヵ月がすぎ、やっとやっとやっとやっと安定期に入っても、私には別の問題が・・・。
そう、体重です(笑)
それと、血圧。

体重は元がデブなので、本当に大変でした。
もっと痩せときゃよかったなんで、何万回思ったことか。
結局12キロも増えてしまいました・・・・。

あとは血圧。
普段はそんなに高くない血圧が、産婦人科の血圧計で測るとどうしても高い。
140-80とかざらで、何度も再度看護師さんに測ってもらう始末。
落ち着いてからは、いつも下がるのであんまり心配してなかったのですが、
これが高血圧症候群の序曲だったのかーーー。

とにかくそれだけが問題で、あとは普通に仕事してました。
デブってさ、妊娠しても気づかれないんですよね(笑)
普段からふわっとお腹まわりに優しい服を着てた私。
営業でこられる方にも妊婦ってばれませんでした。
はい、ただのデブがさらにデブになったくらいの、でしょうね。

悪阻も終わり、退職も決まって、はれて専業主婦になれることになり、
毎日ルンルンだったワタシ。
送迎会もしてもらい、もう8ヶ月だし、あと2ヶ月がんばりゃ大丈夫だと、
焼肉ガッツリ食べて、更に増量したワタシ。
あと2ヶ月、ゆっくりまったり出産準備なんかして、
ホームベーカリーでパン焼いたりして、
母とビュッフェでたらふく食べたりして・・・・・と、色々妄想してはニヤついて、かなり怪しいお気楽な妊婦でしたが、退職して1週間で出産することになるのです。




もうすぐ40歳になる、典型的なO型女です。
晩婚にて人妻になり、高齢出産と言われる年齢一歩手前で1人目を産みました。
当時は事務員として働いており、8ヶ月で退職し、晴れてマタニティライフを満喫しようとしていた矢先、妊娠高血圧症候群と診断、尿タンパク、高血圧、胎児発育遅延。。。。とのことで、救急車でデカイ病院へ搬送、緊急カイザーにより出産しました。
退職してからたったの一週間でのことでした。

31w6dで、生まれた娘は1074グラム。
極低体重児で、顔を見る間もなくNICUの保育器へ。
一方の私は、初めての出産が初めての手術で、もう何が何だか。
具合も悪いし、一晩中眠れず、子供にも会えず、泣いてました。

翌日、車椅子で娘に会いに。。。。
一目見た私が最初に発した言葉は、

「ちっさ!」。。。。小さい、でした。

そんなチビスケも今では五歳。
次女(二歳)も生まれて賑やか。。。。ヤカマシイ?毎日です。

私のように、妊娠高血圧症候群や、極低体重児で出産された方に、親も子も元気に生きてますってことを伝えて安心してくれたらなーなんて、おこがましいのですが、そんな気持ちでブログ始めます。