9つの肩書きを持つパラレルキャリアPRとして
働いているRisaです
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2018年、9月16日をもって
安室奈美恵さんが引退されましたね。
私の中でも色々な思いや想い出が込み上げてきて、
ようやく記事を書くことができました。
(写真はお借りしました)
私は小さい頃から音楽が大好きで、
ライブに行くことが生き甲斐でした。
ライブ会場に溢れる感動、愛情・・・
その全てを愛し、私もその感動を
生み出す人間になりたいと思うようになりました。
そして夢だったコンサートプロモーターの
仕事を目指すようになりました。
色々な著名なアーティストの方と
お仕事をさせていただきましたが、
安室奈美恵さんとご一緒させていただいた
数年間は生涯忘れることが出来ない思い出になりました。
奈美恵さんとはドームツアーから始まり、
ホールツアーでは44公演をご一緒しました。
海外ツアーでは
一緒に食事をしながら話す機会も多く、
本当に貴重な経験をさせていただいたと思っています。
ツアーの前には長いリハーサル期間があります。
ここで詳しく書くことは出来ないのですが、
毎日奈美恵さんの姿を見ていて
この方ほど「プロフェッショナル」という
言葉がピッタリな方はいないのではないかと思っていました。
半年に渡る全国ツアーを行うためには
リハーサルの期間も長期間になります。
そのリハーサルに毎日毎日顔を出し、
振り付けを一瞬でマスターしてしまう姿には
毎回圧倒されました。
正直、リハーサルには数えるほどしか参加しない
アーティストもいる中、
彼女は一度も休むことはありませんでした。
初めて奈美恵さんにご挨拶をした日のことを
今でも覚えています。
「これから宜しくお願いします!」
と笑顔で声を掛けてくれたあの瞬間は
心の中に刻み込まれています。
(写真はお借りしました)
それからも不慣れな私は
「あれ、この対応で大丈夫だったかな?!」
「この場合はこうした方がよかったかな・・・」
と反省することも多くありました。
しかし奈美恵さんから何か言われたり、
叱られたことなど勿論一度もありません。
「今の対応はこうするべきでした。
申し訳ありませんでした。」
と私から謝罪した際も、
「私は大丈夫ですよ。」
といつも優しく答えてくださいました。
私が彼女から感じていたのは、
「人を信じて、任せる」
という姿勢でした。
彼女のこの姿勢は、あらゆる場面で見受けられました。
例えばダンサーの誰かに振り付けを任せる時。
その人に経験がなくても、
「彼 / 彼女の経験になるから。」
とチャンスを与えてくれる人でした。
人は信じて任せてもらえると、
その期待に応えようと全力で頑張れるものです。
「信頼」は人に
「信頼してもらえた」という自信を与えます。
「自信」はその人に
自分の力以上のパワーを与えます。
そして「信頼された人」は
他の誰かを信頼することができます。
勿論ダンサーたちも選り抜きの
プロフェッショナルですから、
出来上がった振り付けも素晴らしいものでした。
(写真はお借りしました)
「人を信じて、任せること」は
誰にでもできることではありません。
何十万人・何百万人という人が
楽しみにしているステージで失敗は許されません。
そしてその期待は全て
「安室奈美恵」
という1人の肩にのしかかってくるのです。
私には想像もできないようなプレッシャーの中、
それでも彼女は人を信じ、
人の可能性を信じていたのだと思います。
これは奈美恵さんご本人とは関係のないことになりますが、
コンサートビジネスはとても過酷です。
ツアーが始まれば半年は休みがありませんし、
朝の4〜5時まで仕事が続く日もあります。
とあるリハーサルの日の朝、
私は疲労と睡眠不足で意識が朦朧としていました。
家を出る時に階段から落ち、
手を切って血をダラダラ流したまま
スタジオまで走ったこともあります。
(繰り返しになりますが、アーティストご本人の問題ではなく、
コンサートビジネスとしてのお話です)
他にも辛いことはたくさんありました。
そんな私を支えてくれたのが
毎日リハーサルで顔を合わせるダンサーメンバーです。
(ツアーのオフ日に行った、高千穂峡で)
ボロボロな私をいつも笑顔で元気付けてくれたのは
彼らの笑顔でした。
一日中踊り続け、
会場が変われば立ち位置も変わって覚え直し。
スタジオでは平面で見ていたものが
会場では上から見られることも
意識しなければなりません。
それでもいつも顔を見れば
「りさりさ〜!」
と駆け寄って、抱きしめてくれました。
(同じ名前のダンサー、リサ。メンバーの頼れるまとめ役)
ダンサーのみんながいなかったら、
私はツアーを完走することは
できなかったかもしれません。
彼らのプロフェッショナリズム、
ダンス以外では時に抜けていること(笑)、
そして何よりも人としてのやさしさに
私は何度も励まされました。
リハーサルで苦労している姿を
毎日側で見ていたこともあり、
ステージに立つ彼らを見ると
私は毎回泣いてしまいました。
44回の公演があるにも関わらず、
毎回です。(笑)
光り輝くその姿は
強く、美しく、その場にいる人を惹きつける
ダイヤモンドのようでした。
奈美恵さんは勿論ですが、
彼らを守るために私はなんでもしようと思っていました。
それから紆余曲折あり、
私は今9つの肩書きを持つ
パラレルキャリアとして歩んでいます。
しかし大切にしている軸は、今も同じ。
「同じ未来を見ることができる仲間をつくる」
「そしてその仲間を全力で支える」
仕事内容が変わっても、この軸はブレることはありません。
これは「人を信じ、任せる」という
奈美恵さんの後ろ姿から学んだことであり、
私に「守りたいもの」という存在を
与えてくれたダンサーたちのおかげでもあります。
人は1人で頑張れることには限界があります。
でも誰かのためなら、誰かと一緒なら
何倍も、何十倍も頑張れる。
これは私が人生を通して学んだことです。
だからこれからも、大切な仲間を支えられる
自分でいたいと思っています。
私が奈美恵さんと一緒に過ごした数年間は
一生忘れることのできない
素晴らしい経験になりました。
私はいつも人との出会いに恵まれています。
人との出会いは私にとって何ものにも代え難いもので、
何よりも私を成長させてくれるものです。
そして頑張る私を見守り、
支えてくれた家族にも感謝しています。
コンサート業界に入る時、
父親には
「いつ消えてもおかしくないエンタメビジネスなんて!」
と大反対されました。
しかし奈美恵さんの姿がTVに映し出されると
私も一緒に写っていないか
必死に探してくれたことを知っています。
コンサート業界に入ってから
自分の手がけたコンサートに
家族を招待することが夢でした。
足を運んでくれた母・姉には感謝しています。
何度も点滴を打ちながら仕事に向かい、
高熱の中、新幹線や飛行機で移動する私を
とても心配していたと思います。
それでも私のやりたいことを応援し、
私を信じてくれていたと思います。
(ツアーのオフ日に行った、伊勢神宮)
私のエネルギー源は「愛」
8センチ CDをお年玉で買って、
毎日のように友達とカラオケに行っていた
小学生の頃から変わっていない。
そしてこれからも愛を源に、
周りの人を幸せにできるよう、
私のペースで頑張りたいと思います。
奈美恵さん、
本当にお疲れ様でした。
本当にありがとうございます。
これからもずっとずっと、大好きです。








