こんにちは!
ご訪問いただきましてありがとうございます
芋虫月と申します。
アラフィフ(アラカン?)専業主婦です
家族⭐︎夫(57)、長女(26)、次女(23)、ワン助(14)
夫年収1000万円だけど住宅ローン地獄です。
お金のこと中心に色々お話聞いて下さいね!
秋になると食べたいクルミっ子。実は切り落としがおすすめです。
御朱印帳がある!かわいい。。
チョコレートはフェアトレード。とっても美味しいけど自分じゃ買えない地元の味
お店を素通りするのが難しい・・・悩ましいドーナツ
朝のヨーグルト習慣に欠かせません!ヨーグルトメーカーほしい。。
やはりこちらがお手頃価格かな
★ ★ ★ ★
昨日、夫婦喧嘩(私が一方的に怒ったから喧嘩じゃないかも)の記事を恥ずかしながら書かせていただきましたが、
夫は相当反省したようで、洗濯干したり、お茶碗洗ったり、ワン助の散歩を頑張っているので![]()
一応、
恩赦をあたえました
。(謎に上から。)今はお風呂を洗ってる模様。。。![]()
ワン助「パパをもう許してあげて!」
★駐在員妻の生活
昔話で恐縮ですが、私は結婚と同時に夫の赴任に伴い、アメリカで10年暮らしました。![]()
VISAの関係で仕事はできないので、駐在員妻は基本、みーんな専業主婦です。![]()
ちょっと特殊な、当時の暮らしをご紹介します![]()
注)30年近く前の話なので、今は違うかも?とご了承下さい![]()
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★格差がある?!
私が住んでいたのは、ニューヨークシティから車で1時間ほどの郊外でしたが
日本のメーカー系の会社がいくつもあったので、多くの日本人の方が暮らしていました。![]()
暗黙の了解なのですが、ここでも「格差」の見えない壁がありまして
1.官庁・政府関係者(の妻)
2.金融機関関係(の妻)
3.大規模商社・コンサルタント(の妻)
4.メーカー、IT関係(の妻)
5.現地採用(の妻)、国際結婚(の妻)
こんな感じでざっくり別れていて(絶対じゃないですよ)同じグループでお付き合いをする傾向がありました。
1・2・3の方々は、お給料やお手当がいいので(多分)ニューヨークシティ内、もしくは川をはさんで
コネチカット州、ニュージャージー州の高級エリアにお住まいの様子でした。![]()
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4.は郊外のタウンハウス(一定の敷地内に、同じタイプの戸建ての家が多く建っていて、管理費が発生するので
芝刈り、雪かきなどの庭仕事は管理者がやってくれます。区切られた敷地内なので、治安も安心。
場所によっては専用のプール、テニスコート、公園がついてます。田舎だから比較的安い。)![]()
に住んでいる方が多く、同じ会社や、同じ業界の気安さで、カジュアルな家族ぐるみの助け合い生活をします。
5のグループは駐在員ではないので、経済的に他のグループよりは厳しい場合も。![]()
そのかわり長期間住むので、多国籍な友だちが多く、人によっては働いている場合もあります。![]()
そして、あまり、日本人の駐在員妻とつるまない方が多いです。
価値観がね…違うからかな?
私は渡米した時は4だったのですが、途中から5の現地採用妻になりました。
幸い、日本の方が多いタウンハウスに住んでいたので、日本の駐在員妻のお友達がたくさんできました。![]()
ちょうど妊娠→出産も重なり、どれだけ皆さんにお世話になったことか。。。![]()
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★メーカー駐在員妻の生活
はっきり言って、期間限定バケーションです!!![]()
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お給料+駐在手当、会社によっては住宅、車、子供がいる場合日本人学校の授業料まで会社持ち!![]()
若い方が多いので、長い休暇をとってはヨーロッパ旅行、フロリダ・ディズニーワールド・クルーズと楽しそうでした〜![]()
帰国したら家を買うために貯金してる人も多かったと思われる。(うらやましー!)![]()
楽しくも、大変だったのは、週に3回ほど持ち回りのお茶会に参加することでした。
だいたい5.6人で誰かのうちで集まって、なぜか手作りのお菓子をもちよります。![]()
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ウエッジウッドやミントンのカップをとっかえひっかえしてコーヒー、紅茶、と何杯も飲みながら3.4時間おしゃべり。![]()
手持ち無沙汰なので、みんなで同じ手芸をしながらとかね。![]()
小さいお子さんたちは広い地下室などでみんなで遊べるので、ママたちも安心です。![]()
おかげで私もお菓子作り、大分得意です。![]()
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手芸は、キルト、刺繍、ビーズアクセサリー、トールペインティング、エッグアートなど様々なものに手を出しました。
(もともとあまり得意ではないのですが、お互い教え合いながら、楽しかった〜)
アメリカ人は3時半くらいからフレックスで帰宅する会社員が多いので
、道路が渋滞します。(日本人は除く)
これにはまりながら帰宅すると、けっこうへとへとでした。![]()
でもでも、海外生活は助け合いが何よりも大事ですからね!
村八分にならないようにがんばりました。![]()
スマホがなかった時代、情報はお茶会のおしゃべりや、貸し借りする日本の雑誌やビデオからだったしね。![]()
ときには、夜、パパ達も一緒にホームパーティ!お料理は持ちよりです。(結果、料理もそこそこ上手くなる。)![]()
10人くらいを招待して子供も大人も大騒ぎ。帰りは皆、飲酒運転です。![]()
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当時、アメリカではある程度のアルコール運転は法律でオッケーでした。![]()
そもそも歩道がなく、歩いている人が郊外はいないので、事故は少ないようでした。
不思議と、友だちと外食はめったにしません。多分英語やチップ計算がめんどくさいからかな。
数人でショッピングモールやアウトレットにお買い物に行くことは多かったです。![]()
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「どこぞのアウトレットにグッチが安い!」なんて情報が入ると、あっという間にみんなで買い占めます。
そんな、夢のような駐在員生活を横目に、芋虫月家は現地採用のお給料で、いつもピイピイでした〜![]()
(これも、駐在員と比べるから貧乏気分だったのね。要するに普通のアメリカ人と同じ生活でした。笑)![]()
時が経たないとわからないことって多いですね![]()


