土地の歴史 | ににとみるくの日記

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コーギーのみるくとパパ(にに)の日常をつれずれなるままに・・・たまにカメラや無線のことも

どうもここ最近続いている「エロエロモード」がとまらない。何か囲うとすると、アダルトチックな話になってしまう。元々スケベな性格なので仕方ないとは思うが・・・あえて今日は違うネタを。

横浜南部は鎌倉に隣接しているだけあってなかなか歴史的におもしろいところである。

通勤の途中には鼻欠地蔵という、崖ののり面を削った大きなお地蔵様があるが、これは江戸前期の書物にはでてくる由緒正しいものらしいし、住宅地の隅にひっそりとたたずむお寺は鎌倉時代のものらしい。どう見てもただの荒れ寺のように見えるが。

私の住む金沢区は、元々横須賀市に吸収されるはずだった。ところが、水の利権(水道の整備)の関係で土地の人の反対が起き、結果的には横浜市磯子区に合併吸収されることとなった。そしてその後磯子区と袂を分かち金沢区として独立したそうである。今から見れば、横浜市になっていたことは英断であったと思うが、きっとそのころは悩んだのであろう。

私の家も、元々の区画整備前の影響を受けていて、同一の敷地の中に道路後が存在する。昔は交差点の角だったらしく、垂直に交わる道路の後が登記簿には見受けられる。最近ここが道だった時代の地図が欲しくて仕方がない。休みの日にでも図書館に行って、進級の地図のコピーでももらってこようかと思っている今日この頃だ。