7歳娘と11歳の私 | アラフォー主婦の年上旦那さんと一姫二太郎との日々

アラフォー主婦の年上旦那さんと一姫二太郎との日々

L'Arc〜en〜Ciel*w-inds.*ハロプロ*が好き。
2010年10月入籍、2011年1月挙式。2012年8月娘を出産。2016年3月息子を出産。
日々の記録です。

小学2年生の娘。

休校があけて6月からやっと新年度。
7月に入って毎日言うことが、「明日学校行きたくないな」「今日休みたいな」
理由を聞くと、「給食が食べきれないのがいや」と答える。給食は残しても怒られない制度のはず。食べきれるだけ配膳が原則なんだけど、コロナの影響で、今までのように一度配膳された給食を(食前に)食べきれる量に減らすことが出来ない。
先生に叱られるの?友達に何か言われるの?と聞くと「怒られないけど…いやなかんじなんだよ」と。

毎日そんな感じで、献立表を見て、娘が苦手なものが出るときは(得意なものでも少食で食べきれない)朝ごはんは好きなもの用意して、気分を少しでも上げてから登校させてる。

そんな毎日でも、帰宅して給食含めて学校の話を聞くと、楽しかった~と答える。
が、給食だけが娘の憂鬱の原因じゃないよなぁと思う母です。真顔


男の子に追いかけられてイヤだったと話す日もあったけど、話を聞くと鬼ごっこの延長で娘のことしつこく追いかけたみたい?
(わりと男児って女の子のこと追いかけるよね、好きな子にはイヤなことしちゃうというか…。それが原因で妹も学校行きたくない時期あったから、ちゃんと娘からは話聞いて、困ったら先生にも相談しようってことにした)


で。今日は少し話に新展開。
いつも通り、学校楽しかった~昼休みは一輪車やった~!と話す娘。
色々聞き出すと、一輪車していたら、友達のAちゃんは○○がいい!Bちゃんは△△がいい!と意見が分かれて、娘は間に挟まれて困ったらしい。
娘はどっちがいいと思ったの?と聞くと「どっちでもいいかな…だから困るの」と。
そんなどっちでもいい、な娘を二人が引っ張りあいして、お互いがお互いの意見を通そうとして「娘ちゃんはどっちの友達よ!?」みたいなことも言い出したそうでw
先週もあったみたいで、「一輪車は楽しいのに疲れちゃうの」と。

うん、ジョシィ~!(女子)笑い泣き

身に覚えがあるなぁ、と小学生の頃の私を思い出す。
私も女子のトイレ一緒に行こう!とか、友達なんだから一緒のことしよう!とか、苦手で、小学校高学年のころ、「親友がいない」と母にもらしたことがある。その時母は「私も友達付き合いが苦手で大変だったけど、学校の友達が全てじゃない。気の合う友達は、広い世界に出てから出会ったよ、だからコウキもいつか親友に会えるよ」みたいなことを言ってくれた。
そうなのか!と目からウロコで、そこからクラスの女子とは「浅く」の関係でw中学生になってから、気の合う友人に出会った。今でもその友達のことは思い出すし、大切な存在(20代で亡くなってる)

小学校高学年の私も母からアドバイス貰って気持ちをラクにして過ごせたので、娘にも、私が経験して、今の娘が出来そうな話をした。

AちゃんBちゃんと3人で遊べそうな時は遊んだらいい。3人でいて困ったことになったら、他の子にも一緒に遊ぼうって遊ぶ人数を増やしてみてる。
今日は一緒に遊びたくないな、疲れたな、困ったな、と思ったら「図書室で本読むね」って本を読みに行く。静かに好きな本を読めば落ち着く。
でも、図書室にも行けないくらい困ったら、担任の先生に相談する。
担任の先生がいなかったら、保健室に行って保健の先生に相談する。
帰ったら必ずお母さんにも相談する。


「一緒に遊ばない」と友達に言うのは、今後のことを考えると小学2年生の娘には言えない言葉。
毎日意見が食い違うわけではないらしいし、楽しく3人で遊べるときもあるらしい。
それなら娘が悪者になるようなことは言わなくてもよし。

でも、疲れる時もあるので、そんなときは図書室を利用する!
私もよく図書室に行ってた!ムダなおしゃべりしなくてよいからねウインク

私はあとはひたすらお絵かきしていたけど、昼休みは清掃の前だから机を後ろに下げちゃうそうなので…その手は使えないそうだ。

人間関係って、大人になっても色々ある。
今から自分の気持ちの逃げ道?気持ちの落ち着けかた?を、少しずつ身に付けていけるといいのかな。

悩んだ時もあるけど、34歳の今、モーニング娘。20の「人間関係No way way」を車内で歌っておりますウインク
歳を重ねて図太くなったけど、でも人間だから傷つく、でも、傷つくだけじゃ終わらない、だって自分の人生だから。傷ついて涙してるよりも、糧にして楽しく過ごす方がいいなと思う日々。


娘にも、乗り越えていってもらいたい!
たくさんハグしてから寝てもらいましたウインク
たくさんハグしよう。乗り越えるときの糧にしてほしい。