家族で秋田県鹿角市の「史跡尾去沢鉱山」に行ってきました。



駐車場に坑道内の温度が掲示されていました。

この日の外気温は20℃くらいでしたが、坑道内は13℃とのこと。坑内は年中大体このくらいのようです。

夏でも上着は必須です。





線路がずっと奥に伸びています。



坑道内はやっぱりかなり寒く感じました。気温差からか入ってしばらくは冷たい風が吹きつけます。


写真で見ると明るいですが、実際はかなり暗いです。

線路は埋めてありますが、凸凹して足をひっかけるかもしれません。濡れていて滑りやすいので気をつけて歩きます。




後ろを振り返りました。

入ってきた入り口が明るく光っています。


「後ろだれもいないのね‥」

暗い坑内に一抹の心細さがよぎって、思わず娘と手を繋ぎました。娘と手を繋ぐなんて何年ぶりかな。









神社があります。

古くは金山だったと言うことで、金運アップをお願いしました🙏


写真は無いのですが、神社の反対側はワインセラーになっています🍷





坑内の展示によれば‥


鉱山が発見されたのは和銅元年(708年)との伝説があり、ここ尾去沢で取れた金は大和朝廷に献上され、奈良東大寺の大仏造営にも使われたとも。


また平安後期、奥州藤原三代の繁栄には尾去沢の産金が大きな貢献をしたと伝わっています。




そして、安土桃山時代(1590年)には南部家の所領となりました。





南部藩西道金山奉行所の再現



南部家の向鶴の家紋ですね。


金鉱の採集



明治には西洋式の技術が取り入れられ、大正には三菱鉱業(株)の所有となりさらに近代化が進みます。


昭和に入り粗鉱の採掘量はどんどん増え、第二次世界大戦には軍需省の要請で超非常時増産体制となり、月に10万トン産出。従業員数はなんと4500人にもびっくり


昭和53年には銅価の低迷と鉱量の枯渇により閉山に至る。




昭和 稼働時の構内事務所の再現です。

こちら皆さんマネキンです。


「初心者はあなたの手順を見て学ぶ、いつも正しい手順を示そう‼️」「ルール違反 すればするほど遠のく安全 近づく地獄」


こちらの展示の各所にこういった標語が見られます。何よりも大事なのが「安全」です。

岩盤の崩落や出水による閉じ込め、もし怪我をしても速やかに地上に出られなかったり、坑内での作業は命懸けですよね。

それでも当時のお父さん達は家族のため働いていたのですね照れ

きっとお給料も良かったんじゃないかな、と思うのは私だけ❓そこについての展示はなんにもないのであくまで想像ですニヤリ


従業員の家族もこの街に住んでいたそうなので、この鉱山の街がどれほどの規模だったか‥沢山の職員住宅が並んでいたことでしょう。

そしてなんと職員住宅には水道設備🚰が全国に先駆けて導入されたとか。時代の最先端ですね。





坑道見学の後、砂金採りにチャレンジしました。

制限時間は30分で大人¥850。

最初に係の方からレクチャーをうけたのですが、私のやり方が悪いのか、選んだ場所が悪いのか、採れた金は2粒だけでした⤵️

でもまあ初めてだと🔰皆さんそんなものらしいです。



金の粒は小さすぎて見えませんね💧

何にも取れなかったら悔しいので、綺麗な石を拾っときました。おそらく、メノウ、水晶、タイガーアイあたりかなと。青いのは何だろう❓


この11月10日には砂金採り大会があるそうです。

上手な方は100粒以上採るそうですよ。どうやったらそんなにとれるのでしょうね。




そんなこんなの⚒️史跡尾去沢坑道でした。




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