古代、日本列島には2つの国があったそうです。
ひとつは近畿地方を中心とする倭国。
もうひとつは東北地方を中心とした日高見国。
日高見国は日の本国とも呼んだそうです。
東北地方と北海道を合わせた地域を
日高見国(日の本国)としていて、
その「日の本の中央」という事のようです。
当時、東北地方の産物や
労働力を手に入れようと
どんどん勢力範囲を広げる倭国に対し、
日高見国はひたすら抵抗を続けていました。
そんな時代に建てられたのが
この「日本中央の碑」らしいのです。
地元の千曳神社には
こんな伝説が残されています。
「神代の時代に石の札を立て、
北方の国から来る鬼を追い返していた。
ある時、悪い鬼が来てその石を
土中深く隠してしまった。
神々が集まり石を探したら石文村にあった。
そしてその石をまた坪村に建てた。
その後、坂上田村麻呂が鬼を残らず殺したので、
この石は無用となった。
それで、この場所を七尺掘って埋め、
その上に社を建てた。
その石を数千人で引いたので
その社を千引大明神と呼んだ」
この鬼というのは
日高見国に住む原住民のことでしょうね。
この伝説は倭国サイドによるものですね。
時代は降って。
明治天皇の東北巡行の直前、
この壺の碑を探すよう宮内省から
指示があったそうです。
そんでその時、
千曳神社の社殿の下まで
丹念に掘り返したのに
ついに伝説の碑は発見されなかったそうです。
それから月日は流れ、昭和24年。
石文地区を流れる赤川の河原で
地元の方が馬頭観音用の石を探していた際に
この碑は発見されました。
森の中を流れる小さな川のほとりにあったのです。
ナゼそこに❓
なんとも不思議な感じがしますね。
この「日本中央の碑」について、
いろいろな人が色々な説を解いています。
①古代、坂上田村麻呂の時代に作られた物
②古代に作られ薄くなったので
再度文字を彫った。又は、
文字だけ別の面に改めて彫った。
③古代に建てられ倒れたか壊れたりしたので
いずれかの時代に建て替えた。
④近代の偽作。
もっと他にもあるかもしれませんが、
あなただったらどれだと思いますか❓
私は①であって欲しい💕
まだまだ「日本中央の碑」続きますよ。
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