平川市沖館の鳥海山神社です。
リンゴ園にかこまれた
小高い丘の上です。
境内は丘のてっぺんに
ちょこ〜んと残されている印象です。
松がぐるっと取り囲んで
境内はほとんど日陰になっています。
そのためか少し暗い印象もあります。
東北自動車道、津軽サービスエリアがすぐ下。
高速道路を走る車の音が
ひっきりなしにゴォーと聞こえます。
東北自動車道の建設のために
このあたり一帯を開発したところ
遺跡がでてきたようです。
『鳥海山神社由来
今から約六千年前津軽サービスエリア一帯には先住民の集落があり、それらを守るチャシ(保砦)がこの鳥海山であった。室町時代後期沖館山谷家三代目の祖注善坊覚道はこの地の開墾が進んだことを見届け自身が修行に訪れた縁により出羽烏海山の神様(大物忌神)をお招きして祈祷所を建て五穀豊穣と人々の安寧を祈願したのである。永正四年(1507年)のことであった。
爾来ここは鳥海山神社として人々の崇教を受け今日に至っている。ここは津軽の霊峰岩木山と正対しその眺望は津軽随一といってもよく平川市百選の一つに選ばれている。 平成二十二年八月 沖館町会』
こんなのが出土しているそうです⬇️
お皿の裏に「大佛」とヘラで削ってあります。
どんな使い方をしていたんでしょうね。
※「青い森の農耕社会と文化」より
高速道路の建設のために
山だったここ辺り一帯は
大きく削り取られ、
先住民が暮らした面影は
ほとんど消えてしまったんでしょうね。
唯一ここだけ松の木々に守られて
ひっそりと残されています。
ここからも岩木山の眺望が素晴らしいです✨
残念な事に、
岩木山の写真を撮り忘れてしまいました![]()
鳥海山遺跡の発掘調査報告書によると
縄文、弥生、平安時代の遺物が出土したようです。
平安時代には製鉄も行われていたようです。
長く人々の営みがあった場所だったんですね。
さて製鉄の材料は
どこから持ち込まれたのでしょう❓❓
ご訪問ありがとうございます![]()








