豪州から来ている夫の兄と話していた時の事。
義兄が自分の嫁の話をし出した。
嫁は130㎏あった体重を減らすため、胃を大さじ1の大きさにまで切除し、今は70キロ台まで体重が落ちた。
大さじ1、食事でいうと10g程度しか食べられないため、この手術を受けた者は水分補給を制限せねばならない。
更には医師から処方されたプロテインを1日20グラム接種しなければ、身体に必要な栄養が食事から接種できないという。
気軽な瘦身術ではない事を、改めて考えた。

義兄はこの手術に反対であったから、手術の契約書に夫として署名する際、医師に「本当にこの手術の必要性が彼女にあるのか」と尋ねたと言う。
すると医師は「体重の数字は危機にあるわけではない。ただ奥様の場合、食事に対する依存症で、空腹でなくても常に食べ物の事を考え、それを食べずにはいられない衝動にかられてしまう。食欲が抑えられないために、20年前から体重の異常な増減を繰り返してきた経緯があるから、手術をする事で本人の希望を叶え、この食事に対する興味の軽減、二度と100㎏を超える事のない体を手に入れる事で精神的に安定する事が目的」なのだと必要性を語ったという。

今はそれが叶い、もう食事の事も、体に関する事も無関心になったと言う。
がしかし、念願だったZARAやH&Mの服が着れるという喜びから、買い物欲が抑制できず、今は月に10万ほどの買い物をしていると言う。

義兄はこれを「彼女は言い出したら聞かない、子供みたいな無邪気さがある」と言ったが、私には「中毒症と依存性」にしか聞こえない。
これが義兄が嫁と一緒にいてやれる理由なのだと思う。

腕にロレックスがハマらなかった。
それほどに太っていた。
が、遂にロレックスが着けられる手首になったのだ。
その喜びが買い物への依存となる。

たまたま義兄が高給取りであったから叶っているが、この話を聞いたとき、借金してまでもパチンコが辞められない主婦達を考えた。
「アカン」と分かっていながらも、やめられない依存性。
貧乏暇なしの私には無縁の話であるが・・

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