先週から娘にピアノを習わせ始める事にした。
まだ5歳なので30分レッスンであるが、勿論プライベートレッスンになる。
私はこのレッスン風景を見ながら待っていたのであるが、自分の中に物凄い安堵感のような物を見出した。
「何や・・この安堵感は・・」と考えて数日経過し、今日、庭でネギの種を植えていたら、ハ!!と気が付いた。

そう・・プライベートレッスンなので、待っている人が自分しかいない。
=1人という解放感幸

「フェイスブックのネームなに?」と聞かれる事も無い。
「フェイスブックやってない」と答え、「今時、フェイスブックやってへんの?」と嘲笑される事もない。
この前まで超アナログ10年前型携帯を持っていた頃は聞かれなかったが、最近スマホに変えてからは、やたらに聞かれる「ラインやろうよ」と言う誘いも無い。

また時に待合室では、とある母親の手作り練り香水の販売、自家製健康食品の販売、時に健康な水を売られる事もなけりゃあ、旦那の仕事と役職を聞かれる事も、夏休みにどこの国に旅行に行くのかを当たり前に聞かれる事もない。

それだけでは無い。
先日、娘の通うバレエ学校で、ちょっと面倒な事があった。
娘と同じクラスの女の子数人は、娘同様、3歳から通う生徒であるが、何故か娘だけが1つ上のクラスに上がる事になった。
先生からは、ただ「来週から1つ上のクラスに上がって下さい」と紙を手渡されただけで、そこに理由は書かれていなかった。
がしかし、その紙をチラ見した1人のお母さんが、「何でアンタの娘だけ?何で?納得行かんわ!」となった。

お母さんは翌週のレッスン前、先生に直談判に行った。
結局どんな話になったのか知らないが、話し合いを終えたお母さんが満面の笑みを浮かべ、私の肩を小突きながら「うちの娘も来週から上がる事になったわ。また一緒やな、宜しく」と言った。

こんな、たかだか子供の習い事で、それを引率する親からの嫉妬や妙な詮索を受ける事が、実は私の中で面倒この上ない問題へと発展しつつあるのである。
正直、それが面倒でバレエに連れて行くのが嫌になっている私であるが、その点、この1人だけの待合空間が、たまらん充実感である事に気が付いた。

何というか・・バレエをさせている母親には、独特の粘着性と嫉妬、野心にも近い比較心があるように思う。
勿論、ごくごく一部であると思うが、その点、スイミングスクールなど気楽なもんである。
泳げるようになったらエエからね水泳泳げへんより、泳げる方がエエやんか、身を助ける事もあるやろし的感覚であるから、実に身軽に構えていられるのである。

何やろか・・この心の重さの違いは・・

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