義兄夫婦がオーストラリアへ帰った。飛行機オーストラリア

義父は往復4時間かけて空港まで送って行ったのであるが、疲れが出たのであろう。
血圧が危険数値にまで下がってしまい、昼の3時過ぎ、緊急入院となった。
医師からは「念のため」と説明があったので、義母と私はひとまず帰宅。

嫁が大量に買い込んだ服や靴は、スーツケースに入らなかったため、「速達で送ってくれ」と義母に頼んで行った。
義父の着替えを病院に持って行った帰り、郵便局に3箱もの段ボール箱を持ち込み、速達で送った。
送料は5万近かったが、勿論、義母持ちである。

義母は今回、空港まで見送りには行かなかった。
空港で別れようが、自宅で別れようが、悲しみは同じ。
ならば自宅で見送り、無事を祈りながら余韻に浸り、泣くほうが良いのであろう。

見送る側ではないが、私も同じである。
母に空港まで来て欲しくない。

空港までの道のりは、まるで刑務所に向かう囚人のような重い足取りになり、気持ちは沈み、日本に置いていく全てのものとの決別が辛くなってしまうからである。

2年という長い月日を、数えながら楽しみに迎え、一瞬で過ぎ去る楽しい時間。
空港に向かう私の気持ちは、また2年あの場所で頑張らなければならないという、重い気持ちになってしまうのである。
そのため、母には空港に見送りには来ないよう、いつも言うのである。

義母は私に理由こそ言わなかったが、「空港には見送りに行かない事にした」とだけ言った。
しかしながら、コレに納得しなかったのが嫁である。

「私達と会うの、もう最後なのよ!空港に見送りに来るべきよ!!来ないなんて有り得ない、納得できない」とわめいた。
義母は「行きたくないのよ、ごめんなさいね」と謝った。

嫁は「私達に失礼」と言った。
義兄は例の如く、何も言わない。

義父は「別れが辛くなるからなんだよ。理解してやって欲しい」とお願い。
嫁は露骨にムっとした顔で、部屋に立ち去った。

私は義母の気持ちが、痛いほどによく分かったと同時に、この女・・・完全にイカレポンチやな・・・と思ったのである。

イカレポンチは、そんな義母の気持ちを理解せず、しかしながら荷物は速達で送らせるという、驚異的にイカレた思考回路を持った女なのであった。

義父の入院は予想外であったが、全ては終了。
明日から胃モタレしない生活に戻る私達である。

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